2025年の世界卓球選手権(ドーハ)は団体戦のない個人種目のみで争われました。同じ国からの出場制限が厳しいオリンピックと比べて、同じ国から多くの選手が出場できるので、卓球を国技としている中国の無双がいつもの事でしたが、今回は状況が変わりつつあります。
そもそも卓球というスポーツはイギリス発祥で、台から離れて打ち合うヨーロッパスタイルが主流だったのを、日本が台の前に付いて速攻を仕掛けるスタイルで一気に世界の頂点に達し、世界選手権で絶対的な強さを誇っていました。そんな中、新たに台頭してきたのが中国だったのですがなぜ中国が卓球に力を入れたかと言うと、当時大陸の「中華人民共和国」はまだ世界から国として承認されておらず、中国と言えば台湾という時代でした。
そんな中、オリンピックには大陸から出場することは難しかったので、アジア人の体形でも世界と肩を並べて活躍できる種目ということを考えたとき、まだオリンピック種目でないものの世界中でプレーされている「卓球」という種目に注目されたと言われています。中国は国を挙げて卓球の強化に努め、その中で日本からもコーチを招聘します。元国際卓球連盟会長の荻村伊智朗さんも積極的に中国に渡り、卓球競技の普及に尽力しました。
そうして、1961年に北京で世界卓球選手権が開催されます。男子シングルスではこの大会から3大会連続で中国の荘則棟選手と李富栄選手が決勝まで進み、荘選手がシングルスを三連覇しますが、3連続で準優勝となった李選手の存在は大きく、もはや他国を寄せ付けない強さの片鱗を見せつけることになります。
その後、中国で文化大革命が起きたことにより、一時世界卓球選手権にも出場できなくなり、荘則棟選手も政治的に失脚するような事も起きます。中国が不参加の時代に日本チームは多くの世界チャンピオンを生み出しましたが、実はその時代にも男子ダブルスの金メダルは取れず、今回の世界卓球2025で金メダルを取った戸上隼輔・篠塚大登ペアの前は、その北京での世界選手権で金メダルを取った木村興治・星野展弥ペアまで遡らなければなりません。それくらい時間がかかった今回の偉業であったわけです。
ただ、中国が文化大革命後に国際社会に復帰してからは、男女とも世界で無双を続ける絶対的な存在となります。それにともなって日本における卓球の人気も落ち、「暗い」というようなネガティブな言葉とともに語られるようなスポーツになってしまいます。卓球協会も色々と知恵を絞って人気回復策を出すものの、状況は変わらない低迷期が続きます。ただ、そこに一縷の希望として出現したのが、あの「泣き虫愛ちゃん」として有名になった福原愛選手だったのです。
彼女がテレビの、しかもバラエティ番組に出て明石家さんまさんに泣かされたのは1993年で、はっきり言ってそこから日本の卓球は変わっていったように思います。選手として福原愛さんは力を付け、オリンピックのメダリストになる過程をテレビを通じて見ていた視聴者たちの中には、自分の子も愛ちゃんのようにと3~4才ぐらいから英才教育をする人もおり、そこから現在日本のトップとして活躍している多くの選手が出てきました。
この流れは今も続いており、どんどん有望な選手が出てきているのは、早いうちからピッチの速い打ち合いに慣らすなどして卓球選手としての能力を高め、そうして強くなった選手をナショナルトレーニングセンターに集めて集中的に強化するようになったからと言えるでしょう。
ただ、ここまで来るのに30年かかり、まだ中国に完全に肩をならべたわけではありません。そして、今大会は昔から中国とも競ってきたフランス・スウェーデンを中心としたヨーロッパ勢だけでななく、今大会男子シングルスで大ブレークした、ブラジルのカルデラノ選手のような中南米の選手、さらには絶対的なフィジカル能力を持つアフリカ勢も強くなってきました。そうした世界の流れがあるので、日本だけが強くなったわけではないのですが、その分追われる中国としてはマークする存在が増えてきたので、今後の卓球界は混沌とする中で、日本を含むどの国にもチャンスがあるような、見ていて面白い状況になっていくのではないかと思っています。
ちなみに、次回のオリンピックでは男女のダブルスも種目として採用されることになったので、見ている方としてはかなり期待してしまいますね。ただ、冷静に見るとまだ中国の力は他の国と比べると抜けているので、もっと新しい選手が今大回で活躍した選手を脅かすような状況になってくれることも期待します。