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新型コロナウイルス対応ワクチン接種の予約の内容で社会が滞る可能性も

世の中の興味の多くは東京オリンピックにあるのかも知れませんが、私の周りではしゃれにならない状況になってきています。昨日、仕事に出たら直接関わりはないものの同じ職場の人が当日に体調が悪くなったと連絡を入れて仕事を休み、危うく仕事に穴が開くところだったらしく、あくまで「お願い」という形ですが、全員にということでこちらの方に話がありました。

その人は新型コロナのワクチン接種を受けた翌日(仕事の当日)に熱が38℃まで上がったそうで、とても仕事どころではなく休むしかない状況に追い込まれたのですが、職場の方では可能な限り、今後ワクチン接種の予約を取る際には、自分の休みの日の前日にするなど、ワクチン接種の副反応が起きても仕事に影響を受けにくいような日程で予約して欲しいということでした。

これは、もっともな話だと思うものの、私の住んでいる静岡市のワクチン接種の方法では、必ずしもそうした日程調整ができないので、もし自分に副反応が出たら周りの人に迷惑を掛けてしまうのではないかと思えたりして、困惑しているというのが正直なところです。

というのも、こちらでの予約方法はまず第一回目の接種日を決めると、自動的に第二回目の接種日が三週間後に決まってしまうのです。この方法でも土日休みの人ならいいのですが、私の場合一週間の中で休日が変わる可能性もあるので(必ずしも土日祝日休みではないのです)、特に副反応の心配がある第二回目の接種については、接種の翌日が出勤日になる可能性もあります。そうなって実際に副反応が出たら、私自身も仕事を休んで他の人に迷惑を掛けることはほぼ確定してしまいます。

もちろん、一回目と二回目の予約を個別に行なうことになると、確認作業など業務が煩雑化して大変なのはわかるのですが、いざ自分の事として考えてみると、やはり予定していた人数が急に集まらなくなり、仕事ができなくなるリスクを多くの事業所が抱えることになるなら、特にサービス業やライフライン関連の仕事の人については(複雑なシフトで休日出勤もあるような場合は特に)、臨機応変に二回目の接種の日程を変えられるようにしないと、これからいわゆる働きざかりの人の接種が増えると思うので、副反応の影響による社会の停滞が問題になってくる可能性も出てくると思うのですが。

それと、本来は年齢とは関係なく、常に不特定多数の人と接触する可能性のある業種で、実際に現場に出ている人については、内勤の人は後回しにしてでも先にワクチン接種をするような優先順位の付け方も、今後の爆発的な感染上昇を抑えるためには必要ではないかと思うのですが。

ちなみに、私のところにはすでに接種券は来ていますが、国から来るはずのワクチンが予定していた個数が届かない影響で、本来なら昨日からネット予約できるはずが、予約自体ができなくなってしまいました。現状ではいつ予約できるかもわからない状態になってしまっています。身内の高齢者は軒並み二回打てていて、副反応がないのだけが救いなのですが、しばらくはオリンピック・パラリンピックをテレビ観戦しながら大人しくしているしかない残念な状況になっています。


オリンピックの効果として今こそ議論されてほしい卓球ラバーの「補助剤」問題

色々と問題が挙がる東京オリンピックですが、このまま開催されていれば間違いなく感染者数は増えると思うので、東京在住の方は今だけではなく今後の事を考えると大変だと思います。ただ、家に居てテレビを付けるとほぼオリンピック放送になっていて、つい目に入ってしまうこともあり、今回は単なる「スポーツの素晴らしさ・感動」とは違ったスポーツの闇の側面について書いてみたいと思います。

今回オリンピックの種目にも色々ありますが、基本的には選手の体力・技術によって優劣が決まると思いがちです。しかし、近年の用具の進化によって、それ以外の「道具」によって優劣が決まる場合があります。今は使えませんが、水泳のレーザーレーサーの水着を着ると早く泳げるということがありましたが、これについては水着の使用が禁止されることになったことは多くの方がご存知の事だと思います。

今回オリンピック種目になっている競技の中でも、用具によってその結果がまるっきり変わってしまうものに、最近日本でもメジャーなスポーツになりつつある「卓球」があります。卓球のラケットは、昔は木の板でそのまま打っていた時代もあったそうですが、戦後の日本が世界のタイトルを総ナメにしたのは、卓球というスポーツが日本人の体格に合っていたということもあるのですが、ラケットに貼るラバーについての規定がなかっとこともあり、板より分厚いスポンジをラケットに貼り、打球の威力を何倍にも増やして速攻の卓球を作り上げたことにもその原因がありました。それまでの卓球はラリーを続ける我慢比べのような守備型の選手が多かったのですが、日本選手が自身のサーブが返ってきた球を強打して打ち抜く戦術で、あっという間にテンポの速い打ち合いへと状況は変わりました。それと同時に今まで全く規定のなかったラバーの厚さについての規定が定められ、日本で使われていたスポンジラバーの使用も禁止されました。

ラバーの進化というのはそこからも色々あり、現在ではおおよそ二つの種類になっています。まず反発力が良いものの回転がかかりにくい表面に粒がある「表ソフトラバー」(伊藤美誠さんが片面に貼っています)、表ソフトラバーの粒を高くして相手の打球の力を使って変化する球が打てる「粒高ラバー」(主に守備選手が使用しましたが、福原愛さんが片面に貼って非常にいやらしいボールを打っていました)、そして普通の選手が両面に貼る粒の方を反対向きに貼った回転がかかり反発力もそこそこあるオールマイティーな「裏ソフトラバー」が現在は主流です。かつては裏ソフトラバーながら普通に打っても反発力も少なく回転もかかりにくい「アンチラバー」なんてものもあり、あえて両面を同じ色のラバーにして、どちらで打つかをごまかしながら試合をする人もいましたが、現在のルールではラケットの両面に貼るラバーの色は同色にすることは禁じられています。このように、卓球のスポーツとしての変遷には道具の進化の側面もあり、道具の力を最大限に使って勝とうとする人たちも過去だけではなく今もいるという事があるのです。

かつて、日本の水谷隼選手が国際試合をボイコットしたことがありました。なぜボイコットしたのかというと、世界で卓球の試合に出てくる人の中に、通常のラバー(市販されているもので国際ルールに沿ったもの)に「補助剤」と言われる薬剤を塗り、普通にラケットに貼ったラバーよりも補助剤の力で威力を上げている人がいることを告発しました。本来ならばそうした行為はルールで禁止されていますので、補助剤の使用がわかれば反則負けになると思うのですが、選手のドーピングと同じで試合前・試合後の検査で検出されない薬剤を使った補助剤を使っている場合、そうした補助剤を使っていない人からすると明らかにおかしいと思われるのにその選手が処分されることなく国際大会で好成績を上げているのはおかしいと告発したのです。

ちなみに、そうした告発をした水谷隼選手は補助剤を使わずにリオ五輪の個人銅メダルと、東京オリンピックの金メダルを獲得しました。恐らく、水谷選手はオリンピックが終わり国際舞台から離れた後に、何かしらのアクションを起こすのではないかと思っています。今までは世界の頂点に立てない状況での告発だったこともあり「負け犬の遠吠え」のような感じで告発が見られていたこともあったかも知れないのですが、今後もしオリンピックの金メダリストによるこの告発が取り上げられれば、道具に関してのアンフェアな状態が改善されることで各国の実力は拮抗すると思うので、この問題が多くの人に知られ改善されていくことで、さらにこの卓球という競技も面白くなっていくだろうと思われます。

今回、その水谷隼選手のSNSに誹謗中傷がされたことが問題になりましたが、恐らく水谷選手がぼかした誹謗中傷書き込みをした「かの国」の人というのは、かつてラバー補助剤問題でやり玉に挙がった当該選手の所属する国からのものではないかと思えてしまいます。こうした事情を知らない人からすると、水谷選手側が単に難癖を付けているように思えるかも知れず、感情的に悪いものが今回の金メダル獲得で爆発してしまったという風にも考えられるのですが、検査を通っても不正な処理をした道具を使い続けている人たちが試合で勝ち続けることが今後も変わらないのならば、卓球というスポーツはオリンピックの種目としてふさわしいのか? という話にもなってくるだろうと思います。どの世界にも闇はありますが、今回のオリンピックがきっかけとなって、物事が良い方向に変わっていくことを祈っています。


気管に水が入ってむせた時の対策について

昨日も全国的に暑い日が続いていまして、外出の際には水を持って外に出て、熱中症対策は万全だと思っていたのですが、昨日は別の問題でひどい目に遭いました。というのも、外で歩いていて信号が変わりそうだったので焦って水を飲もうとして、少量を口に含んだところでどうやら水が気管に入ったらしく、口に含んでいた水をその場から吐き出しただけでなく、一時呼吸ができなくなりました。

今だからこんな感じで書いていますが、その時には全く呼吸ができなくなったような感じがして、何とかして呼吸をしようと喉を動かそうとしたものの全く空気が入ってこなくて、本当にどうにかなってしまうのではないかと思いました。

結局、吸い込むのは止めて詰まったものをまさに路上で吐く人のように、しゃがみ込みながら吐き出すようにしたところ、徐々に呼吸ができるようになり、何とか元に戻ったのですが、その後再び水をしばらくは飲む気にはならなかったですね。

改めて、こうした際にはどうするのが良いのかという事について、ネットで調べてみたところ頭を低くして気管に詰まったものを吐き出すようにするのが良いとありました。つまり、気持ち悪くなって吐くような姿勢を取るみたいですが、その際の自分は自らその行動を取っていたということになります。今回は気管に入ったのが水だったため、気管から水が出たという感じはあまりしなかったのですが、頭を低くして吐くようにしながら、何とか呼吸をしようとしているうちに、何とか呼吸ができるようになりました。

その後、深く深呼吸をしたり、飴を舐めて喉が楽になりましたが、今回の問題はつい焦って水を口に含んだことにあります。これは水だけではなく食事の時も一緒で、いくら急いでいるとはいえ、焦って食べ物を口に詰め込むような食べ方というものは慎まなくてはいけないなと本当に今回の事で思うようになりました。

ちょっとむせるくらいなら問題はないかも知れませんが、もし呼吸ができないほど苦しいむせ方をする人がいたら、早めに吐かせる姿勢を取ってもらうようにし、早めに気管から異物が出るようにしてあげて下さい。


東京オリンピック開会式セレモニーの謎解きとテレビ視聴環境について

昨日から東京オリンピックの競技が正式に始まりました。事前にこのブログでは開会式のセレモニーについて色々書いていたこともあり、当日の開会式の様子は生で通しで見ていました。そこで、ご退屈かとは思いますが今回のセレモニーを見ての感想などをつらつらと書いていきたいと思います。

まず、開会式の音楽を担当する人の中で小山田圭吾氏の進退については、当初かなり組織委員会が擁護したのに(後日本人からの申出を受けて解任という形になりました)、なぜ演出ディレクターの小林賢太郎氏を速攻で辞めさせたのかという点については、セレモニーが進み森山未來氏の舞踏の段になって、その舞踏のテーマが1972年ミュンヘンオリンピックにおける選手村でのイスラエル選手団襲撃事件にテーマを持つもので、初めてオリンピックの開会式で当時犠牲になった選手たちのために黙祷が行なわれた演出を行なうという事情があったのです。

もし小林氏をそのまま続投させていれば、同じユダヤ人に起こった悲劇について、ホロコーストを揶揄したという話が広がっている中で、そのネタを作った人の演出でテロの被害に遭ったイスラエル選手を悼むという、外部から見たら「何か裏の意味があるのでは?」と見ている人の中で思わせないようにという配慮が速攻で働いたのではないかと思いますね。

あと、音楽については各国の入場のバックグラウンドに日本のゲーム音楽が流れていて、日本発の文化というものを出していましたが、国歌を斉唱したMISIA氏は外せないとしても、セレモニーで印象に残ったのはジョン・レノン&オノ・ヨーコの「イマジン」および、クイーンの「手をとりあって」というUKと日本をつなぐ楽曲の導入にありました。なぜUKなのか? 「イマジン」についてはジョン・レノンの曲というより日本にルーツを置くオノ・ヨーコ氏との合作なのでその由来はわかると思いますが、「手をとりあって」の方は、知らないと普通にUKのロックバンド「クイーン」の曲で、日本ではクイーンが人気があるから? という風に思ってしまう方も少なくないと思います。

ただ、この楽曲についてはクイーンのギタリストであるブライアン・メイ氏がクイーンとしての初来日時の熱狂的なファンの姿と、その来日以前にはUKを含む連合軍と日本とは第二次世界大戦で戦っていて、広島・長崎に原爆が落とされた状況があったことを考え、自分達と日本のファンの絆を求めてこの歌詞を書き、サビの部分を日本語通訳の方に翻訳してもらって、ボーカルのフレディ・マーキュリーが日本語でサビを歌う作品に仕上げたとかつてのインタビュー記事では書かれていたように思います。ライブでの演奏は日本国内に限られるとは言え、この曲はクイーンの通常のアルバムに普通に収録され(もちろん世界中で購入し聴くことができます)、曲名もローマ字表記の「Teo Toriatte」となっていて、決して日本だけに向けられたものではないという事が今回のセレモニーで採用された理由なのでしょうか。

ただ、それにしてももっと日本的なものや日本から世界に発信するものを扱えなかったのか? という気持ちを持つ方もいるでしょう。特に復興五輪としての位置付けがある中で、楽曲でもそうしたものを扱えなかったのかという事を思ったことも事実です。

個人的にはそうした開会式で流れた音楽の他にはセレモニーのサプライズ演出というものはなく、それが今回のスタッフ降板騒動につながっているのかとも思えましたが、来賓の挨拶が長いというような事はどうにもならないものの、もう少し日本発というものを強く押し出してくれた方が見ている方も楽しかったのではないかという気がした事は確かです。

オリンピックも一気に競技が始まり、新型コロナウイルスの深刻な状況も忘れがちになってしまうかも知れませんが、あくまで冷静に、必要があれば外に出ないように気を付けることだけは忘れないでこの期間を過ごすようおすすめしたいと思います。昨日もかなりの暑さになりましたので、出掛ける場合にも水分・塩分の補給を考えて体調を崩さないように健康にはくれぐれもご留意いただければと思います。

ちなみに、オリンピックは外に出ないで家で見ることが奨励されていますが、昨日には静岡県がコースになった自転車のロードレースはテレビでの生中継がなく、Fire TVにつないだ家庭用テレビで見ようと思ったTVerアプリでは、スマホではライブ中継を見られるもののテレビにつなぐ場合にはライブ中継が見られないという政府のお願いを叶えられない仕様になっているのには憤慨しました。同時に行なわれる競技数の関係で、ネット経由で自由にライブ中継を見られるようにするのは基本だと思うのですが、こんなところも言行不一致という感じがするのですね。

一応、こちらではFire TVに入れていたウェブブラウザ経由でレース内容は大型テレビでその一部始終を見ましたが、私と同じような視聴環境にある方は、そうしたやり方も試してみて下さい。ロードレースは6時間のレースでも最後のスプリント勝負でメダルの色が決まるというスリリングな展開で、もし世の中がコロナ禍でなかったら、現場に赴いて直接見たいほど面白いレースでした。今後の状況によってはスケジュールをこなすことも難しい局面があるかも知れませんが、その点についてはこの後起こることもあるがままに受け取るようにして冷静に見ていこうと思っています。


こんな時だから考えたい「世界の人に聴いて欲しい日本の音楽」とは何だろう?

東京オリンピックの開会式のスケジュールが大変なことになっています。恐らくここまで直前に来て変更を余儀なくされたのは初めてではないでしょうか。今回、開会式の音楽を担当する人が直前に辞任し、会場で流す予定だった曲も流さないことになったということで、その部分を埋めるのは並大抵のことではないと思いますが、そもそも日本から世界にアピールできる場でどんな音楽を流すつもりだったのかということに興味がわいたので、今回のミュージック・ディレクターを務める田中知之(FPM)氏の音楽をSpotifyから聴いてみることにしました。

実際、田中氏が今まで出している作品がそのまま流れるわけではないと思うのですが、役職を辞任した小山田圭吾氏とのコンビでということを考えると、当初東京オリンピックを開催する時に言われていた「コンパクト」というキーワードで日本というよりも東京の限られた地域に根ざすようなダンス系の音楽という印象で、海外の方でも日本の音楽に詳しい方なら興味を示すのではと思えるものの、私たち日本国内で生活する人々の多くの方は「これが日本を代表する音楽か?」と思う人も出てくるのではないかと、まだ開会式も見ていないながらの印象ではありますが、そんな風に感じてしまいました。

改めて、東京オリンピックとは関係なく、海外でテレビを見る多くの人に「日本の音楽とは何か」という形で何が世界に向かってわかってもらいやすいのか? という風に考えてみると私個人的には以下のような内容が思い浮かびます。

・日本列島に大古の昔から住んでいる人の奏でていたと思われる音楽および、そうした存在にインスパイアされた音楽
・日本各地で伝わっている民謡およびそうした地域に根ざした音楽
・世界的にヒットしている歌手の楽曲や広く世界に認知されているアニメ・ドラマ・ゲームの音楽
・日本のテクノロジーによって実現した初音ミクおよび全編打ち込みの音楽(演出をCGで行なえば出演者がいらずに無観客化も可能?)

一般的に、土着的なものであればあるほど、その内容はオリジナルなものとなり、新鮮に海外の方々には映るのではないかという話があります。それは、いわば都会と田舎の違いでしょう。都会の音楽を聞き慣れた耳には、地方の民謡は古臭く感じる方もいるとは思いますが、今回の開会式が洗練された都会的な音楽を主に流すかも知れないのとは対照的に、田舎のオリジナリティが輝くこともあるかも知れません。

地方発の古くいものにオリジナリティが生まれる例として挙げたいのが、映画「ゴジラ」の音楽です。作曲者の伊福部昭氏は北海道の出身で、代表作にアイヌの方との交流の影響がうかがえる「シンフォニア・タプカーラ」があり、これを聴くとまさに「ゴジラ」の世界なんですね。ご本人はゴジラの音楽に再び注目が集まった際、トラックレースの一周遅れで先頭に立ったようだと語っていたそうです。

また、個人的に多くの人に聴いてもらいたいと思う楽曲に、冨田勲さんの「イーハトーヴ交響曲」があります。元々冨田勲さんと言えば日本のシンセサイザーミュージックの祖とも言える方ですが、楽器の音だけでなく歌声そのものも人間の声ではなく合成された音声で合わせたものを作ることは悲願だったそうです。初音ミクというボーカロイドの出現でそれが現実のものとなったわけですが、もし、事前に楽曲を準備して出演者を全てコンピューターグラフィック化して、冨田勲さんの音楽に合わせて動いたり歌ったりする作品が世界に向けて流れたら、それはそれで新型コロナに対抗するための手段として認知されただろうになと今さらながら思ったりします。

果たして本番の東京オリンピック開会式がどのように演出され、どんな音楽が流れるのかはわかりませんが、ここまでで多くの人の心の中に素直に楽しめない感情が生まれてしまったのではないかという心配もあります。そんな中で改めて、自分ならどんな音楽を世界に向けて発信したいかという話をするのも一つ大事なことなのではないかと思います。ここまで書いたことは、私自身車中泊の旅で日本全国の地方を回ったこともあり、都会的なものよりも地方の文化についての思い入れが探くなってしまいました。ただこれはあくまで私の場合ということなので、こんな時期だからこそ、皆さんなりの世界に向けての音楽とは何か考えてみるのもいいのではないでしょうか。


いじめる側の論理で世の中が動いていた? 小山田圭吾氏の雑誌での発言に見る時代の空気

東京オリンピック2020開会式を直前にしてその音楽を担当する小山田圭吾氏の過去の雑誌でのインタビューが物議を呼んでいます。この話題で、たまたまテレビを見ていたら爆笑問題の太田光氏が、その当時の時代的背景があってのものであるというような擁護を展開していましたが、その言葉を聞いて私自身思い出したことがあります。

現在手元に雑誌がないので正確な記憶に基づかないため雑誌の詳細についてはお伝えできませんが、当時小山田氏が在籍していたフリッパーズ・ギターをはじめとした当時の音楽についてアーティストを取り上げている雑誌があり、当時お目当てのアーティストのインタビュー記事があったので購入したのですが、その雑誌の編集後記に読者が投稿した編集部批判の内容の手紙を取り上げていたのですが、そこで語られていたのは内容についての話でなく、そのお便りの主が群馬県から手紙を送ってきたことを揶揄したやり取りでした。

映画「翔んで埼玉」で出てくるようなフィクションの元というのは、かなり露骨に関東の中でも北関東や千葉をさげずんだり、同じ東京でも車のナンバーで露骨に差別まがいの言動を行なうなど、「田舎者」と他者を貶めることによって自分の存在価値を得るような思想というものがその時代あり、一部のメディアでも容認されたいたことは確かです。

ただ私自身そうした媒体を見るにつけ、自分の事は棚に上げてその人の出身地域をあげて露骨に差別するような事は侮蔑の対象でしかなく、当時その雑誌を購入してしまったことを悔やんだ記憶があります。

ただ、そうした表現者の人間性とその人が作る音楽とは分けて考えるべきだという風に自分は思っています。人間性の内容は違いますが、過去好きでよく聴いていたミュージシャンは実に素行が悪く、情報紙に掲載されているライブハウスでのライブをすっぽかすのは当り前くらいの事をやっていたのですが、私を含むファンの多くは、調子が良く良い演奏をしてくれることを願ってライブハウスに通っていた人もいたと思います。

また、聞いていてとても耐えられないような内容を表現していたとしても、表現の自由という観点から出すことそのものを止めさせることはこれだけネット上で発表の機会(自由公開ではなく限定配信という方法もあるので)がある中、完全に無くすことは無理だと思います。問題は、そうした表現の自由に守られて多くの音楽活動をされる人がいる中で、日本全国そういった細かな事情を知らないような人も見ている中、東京オリンピックに関する楽曲の依頼を小山田氏にした側の問題が大きいと思います。

恐らく、今回の依頼に関わった人たちも当時のカルチャーの真っ只中にいて、そこで過去の自分の行動を楽しい思い出として昇華してしまったのではないかと私には思えます。大臣が言うように決して小山田氏について過去の雑誌媒体での発言を知らなかったのではないでしょう。特に今回のオリンピックはスポーツに政治が介入することを疑問視する人がいる中、もしアーティスティックなオリンピックのイベント演出や音楽なども政治と密接に関係する中で決まっているのだとしたら、今回もし開会式が行なわれるなら個人的には期待してワクワクすることはあまり無くなってしまうような感じがします。

逆に、そうした他人からの介入とは関係なく活動しているアーティストの作品にこそ、私自身の興味は向きます。本来はそうした半ば過激な表現をするアーティストを守ることこそ政治の世界が行なわなければならない事だと思うのですが、こうした点から言っても世の中は変な方向に回っていってしまっているということを感じざるを得ません。


荷物の発送・受取のトラブルは人を介さない事で一部は解消できるものか

先日、郵便局のゆうパックを載せたトラックが火災を起越したということがニュースになっていました。現状で私はその実際の原因を知るところではないので、そのニュースに対してはちょっとベクトルの違った方向へ話が進んでしまうかも知れませんが、これから書くことはあくまで一般論としてお読み下さい。

もし、今回の荷物破損の原因がトラック自体の物理的な故障でないとすると、荷物の中に発火する危険性のある物が紛れ込んできた可能性も考えられます。最近では飛行機に搭載できない荷物というものもあるそうなのですが、トラックで運ぶ時にも荷物の中味は何かを申告してもらってから引き受けているので、今回のような事故が起きたということになると、一部の配送業者では発送時に細かく内容物を申告し、伝票に具体的な品物の名前を記入するような形でお願いされることが増えるのではないかと思います。

ただ、それは今回のような事故を起こさないためには大切なことではあるのですが、そうした対応は普通人と人が直接話して行なうことが多いと思いますので、そのやり取りの結果によってはトラブルになり得るわけです。私自身、荷物などを出す時や、営業所に荷物を受け取りに行く時、一部の方が窓口の人とトラブルを起こして何とも言えない状況になっているところに遭遇することがかつてありました。特に平日ではなく休日の窓口というのは特に郵便局では多くの人たち(全てが荷物を出す人ではなく、郵便物を出したり受け取ったりする人も交じるのでかなり人が集まることもあるのです)が待っている中、大声を出して他の人の事などお構いなしに自分の主張だけを通そうとする方を見ると、待っている方としては本当にどうにかしてくれと思ったりします。

最近では配達について「置き配」という人と人が会わない方法での配達の新しい形も出てきましたが、これにも置き引きされる危険がありますので、今後は何とか無人でも安全に荷物を出せたり受け取ったりできるサービスが充実して欲しいと思います。

昨日、Amazon通販で購入した荷物を受け取ってきたのですが、その際はあえて自宅でもコンビニでもなく、Amazonが独自に設置したロッカーまで出掛けて受け取ってきました。このロッカーはかなりの頻度で使っているのですが、昨日はちょっとした発見があったので、その内容について皆さんにも紹介します。

Amazonのロッカーはメールで配達通知が来たら、ロッカーまで出掛け、メールにあるバーコードを読み込ますか、荷物の番号をタッチパネルから入力すると自動でロッカーのドアが開いて荷物を受け取れるのですが、昨日は手続きが完了したもののロッカーの開く気配がなかったので、ロッカーの故障を疑ったのですが、タッチパネルに出たメッセージを見て納得しました。

というのも、私の荷物はタッチパネルのある正面のボックスのどこかに入っているようで、そのまま開いてしまうと、その高さによっては自分のオデコや腰・足などを直撃してしまう可能性もあったので、恐らくロッカーの前にはセンサーが付いているようで、私自身がロッカーから少し下がったので自動的に自分の荷物が入ったドアが開き、無事に受け取れたというわけです。

こうした事は、細かいことですがロッカーのドアが体にぶつかってトラブルにならないように考えられていて、ロッカーを利用する私たちにとっても、こうした事前のメッセージを受け取ることによって安全に受け取れるという事になっているのですね。同じ事を人間に言われた場合、その人間のキャラクターによっては気分を害することもあるかも知れませんが、機械に怒りを爆発させる人もいないでしょうし、その様子が録画されていて受け取る人の方が良くない行動をしていることがわかれば、車のドライブレコーダーと同じでそこまでのクレームを出すことはできないでしょう。

まだ荷物を出す時には人とのやり取りが必要になると思いますが、今後は機械に乗せるだけで荷物の寸法や重さをチェックし、規定外の大きさ・重さを機械がはねることができれば(支払いも現金だけでなくQRコードやおサイフケータイでできればなお使いやすい)、人対人でのトラブルも少なくなるでしょうし、送り状もタッチパネルで操作するようにすれば、より送り主の責任は明確になり、虚偽の申告をした場合の対応もしやすいように思います。

こういう事を主張すると、特に昔から郵便局は人と人とのつながりを重視して接客をしていたのにと思う方もあるでしょう。ただ、これは配送のことだけに限らず、きちんとするべきところをなあなあにしてしまうことで、大きな事故に繋がり、別の規則を守っている方との差が出てしまうと、コンプライアンス的にも問題になってくる時代になっているわけで、人と人との間でうまく行かない事については、今後は機械に代行してもらうような事も必要ではないかと思うことがあります。

家で荷物を待っていれば今回のような事を感じることはありませんでしたし、受け取りに行く途中で、次回寄ってみたい新しいお店を見付けたりもできましたので、私自身はこうした人を介さない手続きというのもうまく混ぜながら生活を送った方が日常生活にストレスをためなくても済むのではないかと思うところもあります。今後、配送業者は人手不足で今以上の窓口サービスの拡充は難しいと思うので、こうしたやり方でトラブルなく配送されることが当り前になってくれた方が個人的には嬉しいのですが。


お米がネットセールでもなかなか安くならないのは引きこもり需要のせいか?

昨日、アマゾンのプライムバーゲンが終了しました。今回のセールで購入したものはもう少しすると到着する予定なので、それは改めてレビューしたいと思いますが、こうしたセールで密かに期待していたのは毎日の生活の中で消費することの多い食料品のうち、私の家での主食である「米」の値段がどうなるのか? ということでした。

実際のところ、近所のスーパーで買うお米に比べるとアマゾンなどネット通販のお米はブランド米であることが多くちょっと高いのですが、何かの拍子で値下げが行なわれることがあり、そうした情報が入手できる時にはネットで注文して購入しています。その際の価格は二千円弱のところ(精米5kg)を基準にしています。

今食べているお米は、事前情報により1,800円(税込)くらいで購入した秋田県産の「あきたこまち」だったのですが、今回のプライムセールでどのくらいまで安くなるのか? というのを考えつつネットをチェックしていました。

結果から言うと、福島県産の「天のつぶ」(かなり頻繁に1,800円台に下がるので度々購入し、おいしくいただいています)が1,500円台まで下がったもののあきたこまちがかなり残っていたこともあって今回は購入を見送りました。

改めて世の中が感染症の影響で引きこもる前の2019年あたりからのアマゾンの注文履歴を調べていたのですが、過去には福島県産のこしひかりを1,300円台(税込)でセール時に購入できていたことがわかりました。もちろん、安売り前提の安いお米だったかも知れないので一概には言えないのですが、普段購入する価格より単価が500円くらい下がるようだとまだ新しいお米を買う必要がない状態でも買おうかなと思いますが、安く買っても室温が高い状態で放置するならセール期間外に1,800円台で売っているものを狙おうかなと思ってしまいます。

私の情報の入手先はいわゆるネットでの安売情報を発信するブログからですが、そこでもブログ主は、「最近はもっと安い価格でお米が売られなくなった」と嘆いていました。現状でもコロナ禍以前とはあまり価格は変わっていないのですが、セール時に下がらないというのがやはり変わっているような気がします。

日々、家にいて毎日食事を作る場合、お米を炊くことができれば、最悪おかずはスーパーのお惣菜でもいいわけで、家事の労力は楽になります。パンの場合はお店で買ってくる他、ホームベーカリーなどを使って作ることもできますが、お米の場合は水を入れて炊飯器のスイッチを入れるだけですし(無洗米の場合)、水の分量を間違えず、炊飯ボタンを押す前に十分米に水を浸す時間を置くことができれば、誰でも簡単においしいご飯を炊くことができます。ちなみに、自宅では自動炊飯のできるガステーブルがあるので、個人的な感想にはなりますが電気よりも早く一気に炊け、味もよいと思うので、たまにパンに浮気はするものの、ご飯が我が家の主食の座から降りることはないと思います。

さらに通販での購入は、家まで届けてくれるということで、日常の買い物と比べても労力の軽減という意味もあり、できれば毎日のお米をネットのみでまかないたいとも思うのですが、なかなか5kg1,800円台くらいで出ることもそうそうはないので、今後もネットウォッチは続けていき、安くいろんなお米を食べていきたいと思っています。


オリンピックは全ての競技を日本国内なら無料で見られるの?

東京オリンピックの話題は毎日テレビや新聞などで報じられていますが、私の知り合いの中にもまだ観戦チケットを持っている方もいて、どのようになるのかという事に注目しています。

普通に考えれば大会は開催するとしても観客を入れての競技はできないのではないか? と思うのですが、まだそこまで突っ込んだ発言は組織委員会からは出てきていません。大会に参加する場合にはワクチン接種が条件であることは間違いないので、観る方もワクチンを2回接種できなければだめのように思えるのですが、現在の日本国内では全ての人が平等にワクチン接種ができず、私の住む静岡市ではネット予約サイトが機能せず、ネット予約の再開は6月14日まで待たなければならないということがアナウンスされています。現状では75才~84才の方に接種券が届けられている状況なので、そこで滞っているということは果たして私が打てるのはいつになるのかと気が遠くなります。

可能性としては、職場での接種が可能になることではありますが、こちらも大企業から始まって中小企業や個人事業主は蚊帳の外にされる可能性もあり、そういう人がチケットを持っていたとしても、もしワクチン接種が観戦の条件になったとしたら、チケットを見せることで優先的にワクチンを打てるような流れを作らないと、後々まで遺恨を残すような気がしてなりません。

もしそうしたきめ細やかな対応ができず、全ての競技を無観客で行なうことになった場合、今度は別の問題が起こるでしょう。海外選手の場合、肉親の同伴についても自粛の傾向にあるそうですが、国内のオリンピック出場選手の家族や親戚の方は何とかして身内の晴れ姿を脳裏に焼き付けたいと思ってチケットを入手した方もいるのではないでしょうか。そうした方まで無観客という流れの中ではじくということになると、いかにしてオリンピックを日本国民に見せるのか? という事が問題になってくるのではないでしょうか。

これはオリンピックとはちょっと違いますが、先日行なわれたゴルフの全米女子オープンはCSのゴルフ専門チャンネル(有料)での中継はあったものの、地上波はおろかBSでもテレビ中継はなく、プレー中でも多くの人は朝のワイドショーが報じた経過報告のみで手に汗を握って応援した方もいるでしょう。放映権は契約なので見たいから見せろというわけには簡単には行かないことはわかっていても、このような事が東京オリンピックで起こったら、国内が盛り上がるどころか不満だけが蔓延するようになってしまうのではないでしょうか。

恐らく国内の地上波やBSでは日本選手が出場する有力種目や注目種目を中心に中継を行なうと思いますが、全ての種目が見られるようにテレビのサブチャンネルやネット配信サイトを手配してくれているのか、それによっては主もスポーツでは大切な同時性が失なわれ、いわゆるマイナー競技で日本選手が活躍しても、国内で行なわれているのにその様子を見たい人が見られないような事が起こるかも知れません。競技によっては、今回の全米女子オープンゴルフのような、中継画像のないままやきもきしているテレビスタジオだけが映るだけの中継になりはしないか心配ですね。

せっかく多くの人がahamo、povo、LINEMOといった通信制限されてもスマホでなら十分ライブ映像が見られるクオリティのプランに変更したのに、その意味もなくなりかねない状況も考えられるというは本当に何とかして欲しいものです。そのためにはスマホ・タブレット・パソコンを利用してネット経由の中継を充実させ、オリンピックのタイムスケジュールをスマホ内で管理して、見たい競技が始まる前には(競技名や見たい選手名でリクエストするなどして)、アプリに通知が来て見逃さないような仕組みを少なくとも作らないと、チケットを取ったものの入場できない人は納得しないのではないでしょうか。

本来は、どうしても開催にこぎつけるならより具体的な放送スケジュールをまとめ、在宅の人たちがどうやって競技を見るかということについてアナウンスするのが筋だと思います。私自身は、状況によっては中止も止むなしだとは思っていますが、中止すら考えないで進んでいくというなら、まずは地上波・BS・ネット中継の詳しい内容をまずは出して欲しいですし、特にテレビはそういうことも報道して欲しいものですが。


蛇口盗難は単なる窃盗ではなく水を外で飲もうとする人の心も萎えさせる

2021年の東京オリンピックは本当に開かれるのか? という事は気になるものの、もし今回の世界的な感染症騒ぎがなかったとしても、東京で7月下旬からオリンピックを開催し、その後にパラリンピックを開催して本当に大丈夫か? という懸念は当然あります。それが、東京の「暑さ」という問題です。

男女のマラソンが東京の暑さを避ける形で札幌開催に変更されましたが、札幌市も夏は暑く、今年は特に5月から暑いので、このまま高温の日が続いていくと、地熱の影響で気温が上がりやすくなり、昨年以上の猛暑になるのではないかという事が、もし本当に東京でオリンピックを開催した場合には気がかりです。

これは、競技者だけでなく、何とまだ観客を入れての開催や、学生や生徒を動員する計画もあるなんて話を聞くと、感染症の対応だけでなく熱中症対策は大丈夫なのかとも心配になりますね。熱中症でダウンしてしまうと当然免疫力も落ちると思いますので、そこから雪崩的に多くの人の体調が悪くなるようなことも無くはないので、感染症の心配と同じくらい熱中症に対してのケアを十分に行なえるようでないと、競技場や客席でバタバタ人が倒れてしまうような惨状が起こらないとも限らないでしょう。

そんな中、外出時に水分補給をする手段の一つである、公共の場所に設置されている「水道の蛇口」が次々と盗まれていることがニュースになっています。テレビで被害に遭った水飲み場や花壇のそばにある蛇口の様子を見ると、かなり乱暴に蛇口の部分だけ切り取るように持って行っているようです。このままだと、盗難が集中している地域においては十分に水分が補給できずに体調を崩す人が増えることも考えられます。しかし何故今こんな事があるのでしょうか。

実は現在、銅の価格が上がっていて、少し前には1kg4~500円だったのが、これを書いている現在でキロ1,000円くらいまで上がっているということです。蛇口には銅がかなり含まれているという事で、公共の場所にある蛇口が狙われるということなのだそうです。問題はそうして盗んできた銅を含む金物を買う業者がいるということだとも思うのですが、普通は公共物を盗むよりも粗大ゴミの中から探す(実はゴミにも所有権があるので、勝手にゴミを自分のものにしてしまう事は処罰の対象になりますので真似をしないで下さい)という事が先に行なわれるものなのではないかと普通は考えます。しかし、「探す」よりも「あるものを盗む」方が手っ取り早く目的の品物が手に入ると、明らかな犯罪行為に手を染める人がいて、それがニュースになるほど頻発しているのが現代の社会かと思うと、本当に悲しくなってしまいます。

かつて、橋の名前が書かれたネームプレート(橋名板)が大量盗難に遭った事件が思い出されますが、これもブロンズ製の橋名板を処理業者に持ちこみ、そこから銅を精製するための転売目的に盗んだ疑いがあり、実は今年に入っても橋名板の盗難事件が起こっています。ただ、橋名板についてはブロンズ製から安いステンレス製に徐々に変えるなど、盗難対策も行なわれているようです。そうした対策の結果が橋名板から水道の蛇口へと方向転換が行なわれたのかとも考えられますが、もしそうだとしたら本当にやるせないですね。

今回のオリンピックでは開催されたとしても海外からの観客は来ないので、直接蛇口が盗まれた惨状を見ることにはならないと思いますが、どちらにしても現代の日本はそうしたなりふり構わない盗難事件が起きるほど、目の前の生活に追い詰められている人たちがいるという現状があることは確かです。そうした状況も考えないと、オリンピックを開催するにしてもうまく行かないのではないかと本気で心配になります。