東日本大震災に関連するマスコミの報道を見ているうちに、3年前に考えたことでもいつの間にか忘れていて、改めて気付かされることが出てきてしまいます。今後、大きな災害が起きたとして、学校や公的施設に避難所が作られたとしても、避難所に入ることをためらう人たちが少なからず存在するということを思い出しました。
避難所に入れない理由というのはさまざまですが、避難所で生活するためには大勢の人が集まる中、できるだけ我慢をして共同生活の秩序を乱すことなく暮らしていかなければなりません。ある程度の秩序が乱れても、それはお互いさまなのでと思っている方がいるかも知れませんが、避難所にいる人全員がそのような寛容な心を持っているわけではありません。赤ちゃんや子供がけたたましく泣き続けるだけでもここから出て行ってくれと思う人は多いでしょうし、ペットの場合は直接飼い主の方に文句を言う人も出てくるでしょう。
先日、テレビの報道番組で出ていたのは、東日本大震災で罹災した自閉症の子供を持つ親御さんの話でした。人とのコミュニケーションがうまくできず、ちょっとしたことが原因でパニックを起こして大きな声を上げてしまうような人の場合、そのパターンを知っている人なら奇声に慌てることもなく、その後の対処法もわかっています。しかし、こうした行動が病のせいではなく、その人のパーソナリティに起因するものと思ってしまう人は実はとても多いのではないかと思います。今の私たちの生活の中では、こうした人に接したり、心の病を抱えながら苦しんでいる人がいることがわかっていないでも生活できてしまうという現状は大変残念です。今回挙げた以外にもさまざまなストレスを共同生活をしている中に持ち込んでくる人たちは、遠慮するというよりも避難所内でのトラブルを未然に防ぐために避難所に入らないという選択をするのも仕方ない気がします。
3年前、さまざまな理由から避難所に入ることができず、長期間車中泊をしている人が多いことが問題になりました。そうした避難生活が長期間に及ぶと、いわゆる「エコノミー症候群」による血栓ができ、最悪の場合生命にも危険が及ぶことが指摘されていたのです。血栓が出ないためには手足を十分に伸ばして寝ることが必要ですが、普通の車の中でシートに腰掛けたまま全ての席に一人ずついるような状態ではしだいに体に悪影響を及ぼすことは明らかです。ご自宅にある車の中にフラットな空間を作り、家族全員が足を伸ばして寝られるようになればいいのですが、どうしてもそういった空間が作れない場合にはやはり避難所への誘導が必要になってくるのではないかと私は思います。
しかしこれから日本のどこかで大きな災害が起きたと仮定して、果たして避難所に人を誘導する際に、ワンフロアで生活ができるグループと、閉じられたスペースでないと生活に支障を生じる人たちを分けることができるでしょうか。避難時は多くの人たちが色々なことを我慢しなければならないのに、なぜ一握りの人だけが環境のいいスペースに居住することができるのかと文句を言う人も出てくるでしょう。しかし実際はそうして生活空間を分けてあげないと、多くの人がストレスをためてしまい、心が傷つく人たちが多く出てしまいます。実際に避難所を運営する人たちはそうした際のノウハウを実際に経験した方たちに求めるべきでしょうし、せめて全国の学校では、集団生活になじむことができなかったり物理的にワンフロアの避難所で生活することが難しい人がいるという知識だけでも教えていくことが大切だと思います。