音楽コラム」カテゴリーアーカイブ

ヤマハの「Distance Viewing」で全盛期のパフォーマンスの記録を

新型コロナウィルスの関係で、飲食業界とともに厳しいのが、エンターテインメント業界だと言われています。コロナ騒動の初期からクラスターが発生したことで今でもなかなかお客さんを多く入れての営業ができないライブハウスでは、ライブハウスのオーナーだけでなく演奏するミュージシャンも活動の場を奪われてしまっています。

2020年の10月にヤマハは、こうしたライブ・コンサートの臨場感を再現するためのシステム「Distance Viewing(ディスタンスビューイング)」を発表しました。ステージにおけるミュージシャンの動きをカメラで撮影し、大型プロジェクターを使ってライブの音と映像を再現するのですが、その際、ステージの照明のパターンやミキサーの操作情報もデータ化して、あたかも目の前でミュージシャンがパフォーマンスをしているような形でのライブ再現が可能になるという触れ込みです。

もちろん、全てが同じというわけにはいかないものの、現在のライブハウスでは店内を満員にするまで人を詰め込むわけにもいかない中、いったん記録したライブデーターを何回かに分けて上映することで、ミュージシャンの負担も少なくなりますし、ライブハウスの集客という点でも回数を分けることで集客力が高まる効果が期待されます。直接ミュージシャンと触れ合うことができないのはライブハウスの魅力を一部削ぐような事になってしまうところはあるのですが、バーチャルなライブの再現なら全国どこでも開催でき、それにリモートトークなどをからませれば、今までは大都市に行かなければ体験できなかったライブ感を観衆はある程度体験できるということにもなるでしょう。

個人的には、さらにシステムがバージョンアップして、ミュージシャン特有の音をできるだけライブ会場で直接聞くくらいまでレベルアップしてもらえると、コロナ関連ではない需要が生まれるのではないかと期待するところがあります。

どういうことかと言うと、いつの世にも「伝説の」と付くようなミュージシャンのセッションはあると思うのですが、これが音だけで記録されたものではなく、その時のミキサーの操作までライブ時と同じに保たれ、さらにその場の雰囲気もライティングで似せることができるとしたら、伝説の演奏というのはいつでもこのシステムを使って再現できるということになります。

つまり、このシステムで現在の最高のライブパフォーマンスをあらゆるジャンルに渡って記録することを続けていければ、例えば私たちがモーツァルトの指揮するオペラの記録やジャズのチャーリー・パーカーのセッションを当時の雰囲気そのままでライブ会場に出向けば見られるようになるくらいの事が未来には起こるということになります。逆にそうなると、現役のミュージシャンは過去の伝説のミュージシャンと比べられてしまうというところがありますが、逆に自分の能力を伸ばす上での格好の材料にもなるのではないでしょうか。

さらにこのシステムを使う場合、個人レベルではなかなか記録されたライブを再現するだけの設備を用意できないので、ライブハウスの営業自体を食うようなこともないという点でしょう。コロナ後の社会ではライブの予定のない時間帯に過去の名演を楽しむような形で、ライブハウスの集客力もアップするのではないかと思いますし、今後のシステムのバージョンアップでどんなものができてくるのか、個人的にも楽しみです。


デジタルデータの連続性について考える

最近、もっぱら音楽はCDを買わずに聞き流すように楽しむ「ストリーミング再生」で楽しんでいます。ただ、私自身は音声単体でのストリーミングサービスにはお金を出してはいなくて、アマゾンのプライム会員なら利用できる「Prime Music」を主に利用しているのですが、このPrime Musicの仕様が、一定の期間を過ぎると今まで聞けていた楽曲やアルバムが聞けなくなったりするので(プライムビデオでも同じような事があります)微妙に音楽を楽しむには苦しいこともあるので、せめてお気に入りの曲だけでも所有していつでも聞けるようにしておこうと思うこともあります。

ただ、私自身は物心ついた時から音楽はストリーミング配信で楽しむという世代ではなく(^^;)、お金を節約して多くのジャンルの曲を聞くためには「レンタルレコード(のちにCD)」や図書館で音源を借りて聞いたり、その中でどうしても所有しておかねばならないと思ったものについては高いお金を出してCDを買っていた世代になります。

当然、iPodのようなデジタルオーディオが出る前から音楽を外に持ち出しており、その形態は「カセットテープ」「MD」「CD-R」というように変遷してきました。このうち、一枚の単価が安く、そのまま古いカーオーディオにかけられるCD-Rについてはかなり使いました。さらに、オーディオに付いているCDプレーヤーによっては単なるCDのコピーではなく、通常のCDの収録時間の10倍くらいの音楽を入れられるように元データを圧縮し、MP3形式にしてCDに焼くなんてこともしていました。今でもこの方式なら、ジャンル別でもバラバラでもランダムにいろんな曲をCD一枚にまとめることができ、さらに特別な機器も必要ないので、自分の持っている音源をMP3形式に圧縮してパソコンのハードディスクやデジタルオーディオ・スマホやタブレットなどに保存していました。車中泊の旅で長時間の運転をする時には、一回入れると700分以上聞いていられるMP3形式のファイルを焼いたCD-Rは本当に重宝しました。

そうして昔作業した音源の多くが、昔買って今も使っているiPad miniの中に大量に入っていることがわかりました。パソコンの方は色々あって廃棄を繰り返してきたので、今使っているパソコンの中には昔の音源は入っていなかったのですが、かつては圧縮した音をiPad miniにまとめていたんだなあと思うとともに、これをどうにかして今使っているパソコンのメモリーに移し、自由にまた聞けるようにしようと思って色々調べてみました。

元々これらの音源はアップルから購入したものではなく、所有していたCDから抽出し、圧縮したものなので個人で楽しむ分には著作権の問題はクリアしているものばかりです(当時はネットから不法に楽曲をダウンロードしているような人もいたようですが、そうした音源の二次利用は危険ですのでご注意下さい)。というわけで、iPadとパソコンを繋いだのですがそのままでは本体のカメラで撮った写真にしかアクセスすることしかできませんでした(^^;)。

そこで、改めてiPad本体の内容をバックアップし、そのバックアップしたデータから中味のファイルを書き出すソフトがあることがわかり、「iBackupBot」を使って何とか音楽ファイルをパソコン上に書き出すことができたのですが、そこからが大変でした。

というのも、ファイルのプロパティにはきちんと「アルバム名」「曲名」「アーティスト」「トラック番号」のデータが残っていたのですが(CDを取り込む時、CDに記録されたデータも読み込むことができるのです)、iPadからコビーしたファイルは全くランダムなファイル名になってしまっていたのです。

ということで、現在はその中で早く聞き直したいアルバムについては手動でファイル名を変更して元通りにして、デジタルオーディオやスマホでも簡単に再生するための作業を行なっているところです。改めてその音源を聞いてみたのですが、圧縮してもジャンルによっては普通に聞くには問題なく、もちろんデジタルデータなので音質の劣化は全くありません。このデータを改めて購入する場合、MP3形式であってもけっこう費用がかかることを考えると、過去の自分がまめに自分の好みの楽曲をMP3形式にしておいて良かったと感じます。今後は圧縮したMP3形式のデータをクラウドにアップして、手持ちのどの端末でもストリーミング配信形式でいつでも聞けるようにしようかなと目論んでいます。そのためにはそれなりにレスポンスの良い回線を持つことが必要になるので、そういったことも合わせて今後のモバイル回線の展開も考えたいですね。


東京オリンピック延期で変わってほしいこと

ようやく日本政府もIOCも現実的な対処を行なったということでしょうか。翌年に東京オリンピックを延期にするなら、そもそも今後確執を生むと思われる男女マラソンの選考レースを順延したり、聖火関連のイベントを強行することもなかったのではないかと思いますが、すでに代表を決めている選手も、まだ決まっていない選手についても、とりあえずは新型コロナウィルスに感染しないということを第一に考えて行動するようにできるということは素直に良かったと言えると思います。

今後はいろいろなことが変わっていくでしょうし、かなり厳しい現実も突きつけられることも出てくると思いますが、今回はちょっと趣向を変えて、今回のオリンピック延期を明るい方向で考えてみたいと思います。発生がアジアからだったということで、これだけ悪くなったアジア圏のイメージを払拭するだけのパフォーマンスを競技ではもちろんですが、改めて日本でのアートや音楽についても、今後何を世界に発信するのかということを改めて考えて欲しいと思ったりします。

今年オリンピックが開催されるなら、日本のアニメやアイドルグループ、ポップミュージック、それにNHKでずっと流してきた「パプリカ」あたりで開会式閉会式を盛り上げ、クールジャパンをアピールするようなイメージだったと思うのですが、特にこれだけ昨年のうちに流行りのピークを迎えてしまった「パプリカ」のようなイメージソングが来年までその勢いが持つのか甚だ疑問です。昔から日本の祭りというのは疫病をやっつけるためにハイテンションで一気に駆け抜けるようなものも多くあるので、折角なら今からでもオリンピックの開会式閉会式の企画を変えてでも、その日本らしい力がほとばしるような人たちを檜舞台に挙げてほしいと思うわけです。

上の動画はデビュー30年を過ぎてようやく世界から見つかって、EUライブを成功させた「人間椅子」というバンドのUKでのライブの様子ですが、ほとんど現地の人たちが、全編日本語の曲に大きな喝采を送っているのを見ると、改めて世界に通用する芸術というものが海外ミュージシャンへのリスペクトだけではなく、演じている彼らの土着性にあることがわかります。

人間椅子のデビューからのオリジナルメンバーである和嶋慎治氏と鈴木研一氏は、ともに青森県弘前市出身で、隣の青森市で行われる「ねぶた祭り」とは違う「ねぷた」のリズムがその根底にあることでしょう。どちらかというと「ハネト」と呼ばれる踊り手と立体的な山車が注目され、明るく飛び入りもできそうな(私自身実際に青森の知り合いにお願いして、ハネトの中に入ったことがあります)「ねぶた」とは違い、扇形の山車に描かれた絵と、ともに繰り出す囃子や掛け声を楽しむ「ねぷた」のちょっと怪しい世界を人間椅子は表現しているようにも見えます。

もちろん、「ねぶた」も「ねぷた」も海外からも大勢の観光客が来るお祭りなのですが、広く受けそうなねぶたよりも、日本人にとっても怪しげな日本のリズムが、かえってインターナショナル的な魅力を持って2020年の現代、海外からも支持されていることも事実です。まだ新型コロナウイルスの影響で、多くのミュージシャンがライブ活動ができないのが残念ですが、この騒動が収まったあとで今回紹介した人間椅子のような人たちが、こうしたパフォーマンスを世界に発信する機会が今回の大会延期によってできてくれればいいなと思ったりします。


ラジオ録音はパソコンに移行しているが

本日の朝、NHKラジオ第一の10時台「すっぴん!」では、ジャンルの垣根を超えて活躍しているマルチリード奏者の梅津和時さんが出演されるとの話を聞きました。昨年のブログで書かせていただいたジャズピアニストの佐山雅弘さんがお亡くなりになってから、その翌日に訃報が飛び込んできた、梅津さんとともにバンド活動やロックバンドのRCサクセションのサポートメンバーとしても活躍された片山広明さんが急逝されたとの報道があり、本日の放送はその追悼の意味も込めて行なうということです。

もともと、私の車中泊趣味というのは東京の中央線沿い西荻窪にあるライブハウス「アケタの店」のマスターでご自身もジャズピアニストである明田川荘之さんが全国をライブツアーで回るのに、お金がない事からご自身の車で車中泊をしつつ、全国の温泉に入りながら回ったという話を聞いて自分も全国いろんな所を回ってみたいと思って始めたというところもあります。その当時には「アケタの店」には梅津さんと片山さんの所属する「どくとる梅津Band」(のちにDUBと改名)もよくお出になっていて、間近に素晴らしい演奏が生で聞けることに感動し、地方から何回も通ったものでした。

片山さんは実に茶目っ気のある方で音も自由奔放で、さらに大きなガタイをしているのでRCサクセションのステージでもかなり目立ち、ファンの方なら良く知っていると思います。ただ、無類の酒飲みで私が聞いた話ではとある友人のお見舞いに病院に行ったら、顔色がおかしいと見とがめられ、自分が即入院になってしまうような事があったそうです。ミュージシャンとお酒というのは切っても切れないものだとは思うのですが、体調を崩した原因がお酒にあったとしたらと思うと大変残念です。

そうした個人的にも思い入れのあるミュージシャンのセッションというのは、やはり聞いておきたいところなのですが、平日の朝ということですとなかなかラジオを聞くということはできません。できればビデオのように予約して録音しておくことができればいいのですが、最近ではあまりラジオをタイマー録音するなんて話題はなく、確か少し前に内蔵のメモリにタイマー録音できるラジオやICレコーダーがそれなりに売れていたということはありました。

しかし、最近にいたってはそうした高性能の録音機能付ラジオというものを電気店で見掛けることも少なくなりました。私の持っているラジオは高性能とは言っても災害用などに特化したものが多く、シンプルで壊れにくい反面、多機能ではありません。逆に多機能だと一つの機能が使えなくなってしまうと製品としての魅力も無くなってしまうというところもあります。

そこで、改めて色々調べてみたところ、やはりというかWindowsのフリーソフトでradikoやらじる★らじるの仕組みを利用してインターネットラジオをタイマー録音できるものがあることがわかりました。それが「radikool」というソフトです。

https://www.radikool.com/

昔はAndroidスマホやタブレットでタイマー録音できるアプリもあったのですが、このソフトでも番組表をクリックするだけで録音予約が完了し、録音ファイルをOneDriveやDropboxの指定したファイルに置いておくことができるので、スマホでもクラウドアプリを入れておけば、内容をダウンロードしてすぐにスマホで録音した番組を聞くことができるようになります。

私の現在のパソコンの中には、Windowsが搭載されたタブレットもあるので、そのタブレットの方で予約を行ない、今後はラジオ録音を主にそのタブレットでして、必要に応じて聞こうかなとも考えていますが、アプリやソフトもフリーで手に入り、安いWindowsタブレットだったら1万円以下でも入手可能な状況を考えると、なかなか高性能であっても録音機能付ラジオは売れなくなってしまうのかなと感じます。何しろ、インターネットが安定して使える場所なら、ラジオではモノラルの放送でも、きれいなステレオ音質で聞けますし、月額料金を払って全国の民放が楽しめるradikoプレミアムに入れば、全国の放送を録音し放題になります。昔は高い高性能ラジオに大きなアンテナを繋いで、遠くの放送局を雑音混じりに受信し、さらにその番組をカセットテープで録音していたことを考えると、「インターネットが高性能ラジオを殺した」という状況がすでに生まれています。

もっとも、高性能ラジオが全て無駄だとは個人的には思っていません。もし停電したらインターネットも使えなくなりますので、情報はラジオが主になりますが、ひどい災害で首都圏のラジオ局が電波を出せないような状況になったとしたら、頼りになるのは昼間でも遠方の高出力の放送局を受信可能な高性能ラジオであると言えます。個人的にはICF-EX5MK2がおすすめだと思うのですが、最近はネットを見てもかなりプレミアが付いてしまっています。基本的に1万円台で買えなければ、他のホームラジオで十分だと思いますが、つくづく災害用ラジオとしてのICF-B100をソニーが製造中止にしたことが残念です。

過去に書いたICF-B100のエントリーについて、一応リンクを貼っておきます。もしフリーマーケットや中古品を扱うお店のジャンク品の中にこのラジオを見付けたら、ぜひ手に取ってみて下いね(^^)。

http://syachu.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/sony-icf-b100-e.html


ジャズピアニスト 佐山雅弘さんの思い出のアルバム

昔と今とでは音楽の楽しみ方にも違いがありますが、今のようにネットでのストリーミングサービスや動画サイトから世界中の音楽を見たり聞いたりできることが当たり前になっているのは本当に羨ましいと思います。というのも、音楽と言えば公式に売られているレコードを買うか、ラジオで流れるのを聞くぐらいしか出来なかったため、情報は雑誌頼みでさらにマイナーなジャンルである日本人アーティストの奏でるジャズが昔から好きだった身としては、なかなかラジオでも流れないのでなけなしの小遣いからレコードを買うのに直接聞くこともなく全く内容がわからないまま雑誌の内容を鵜呑みにしていたのでした。

そんな中で、日本人アーティストのジャズの新譜など、ほとんど出なかった時代に若手アーティストのリーダー作を出したシリーズというものがありまして、それが「サウンドデザイン」というところの、「ライブハウスの人気者たち~THE SUPER GIG SERIES」でした。そして、記念すべきシリーズの第一弾として最初に出たのが今回紹介したいジャズピアニストの佐山雅弘さんの初リーダー作「スバトット」だったのです。

もし、このシリーズのトップバッターが佐山雅弘さんのアルバムでなかったら、実際のところ私自身がここまでジャズを聞き込むようになったかは疑わしかったとすら思います。それくらい最初に針を落として聞こえてきた「Bird like」(フレディ・ハバード)から「THERE WILL NEVER BE ANOTHER YOU」(ハリー・ウォーレン)へと続く流れは素晴らしく、佐山雅弘さん自身も一気に人気ピアニストへの道を進んで行きました。

1980年代当時には日本のジャズプレイヤーはいわゆる夏フェスに多く出演していまして、イベントに参加することで今度は佐山さんの演奏している姿を生で見ることができ、その人柄にも触れることができました。たまたまその後、佐山さんのもとで一緒に仕事をしていたという人と知り合う機会があり、ジャズから演歌の伴奏まで仕事としてこなす佐山さんの事を伝え聞くことができました。

最近の様子は当然YouTubeやオフィシャルサイトで確認していたのですが、病気になり往年の恰幅の良さは影を潜め、相当痩せていることにショックを受けたものの演奏の内容は素晴らしく、11月14日の突然の訃報にはただただびっくりしているというのが正直なところです。

そんなわけで、ここで改めて紹介したいのが、デビューアルバムに収録されていた中でも個人的には思い入れのある「THERE WILL NEVER BE ANOTHER YOU」を佐山さんが演奏している動画です。若々しさは当然レコードの方があるのですが、この演奏も実に良く「大人の演奏」といった雰囲気を醸し出しています。この音を聞きながら、本日はこのまま佐山雅弘さんを偲ばせていただこうと思います。故人のご冥福をお祈り申し上げます。


生の感動に触れる機会

唐突な話ですが、日本の男性アイドルの中でも「新御三家」と言われた方々のうち、西城秀樹さんが歌われた「走れ正直者」という楽曲をご存知でしょうか。著作権上の問題があるため具体的なリンクはここでは紹介しませんが、楽曲名で検索をかけたり、ストリーミングによる有料の音楽サービスを利用すればわざわざショップに買いに行かなくてもパソコンやスマートフォンから直接その曲を聞くことができるかと思います。

この曲はTVアニメの「ちびまる子ちゃん」のエンディング曲として使われたものですが、ネットですぐに出てきたウィキペディアからの情報によると、元々西城秀樹さんのファンだった作者のさくらももこさんが西城さんサイドにお願いし、アニメのエンディング曲として西城さんご自身が歌唱することになったということで、西城さんのシングル曲としてはちょっと毛色の変わった楽曲になっています。

「ちびまる子ちゃん」を読まれている方には今さらという話なのかも知れませんが、まる子ちゃんの同世代の方々で、彼女の生まれ故郷である静岡市周辺にお住まいの方なら、なぜ作者自身の投影であるまる子が西城秀樹さんの事をこれほど好きなのかということについて、ピンと来るものがあるのではないかと思います。

静岡県におけるテレビの民放はTBS系列の静岡放送(SBS)が最初で、今もラジオとテレビの放送を行なっています。その静岡放送が8月のイベントとして過去に行なっていたのが「フェスタしずおか」という夏休みに行なわれていた企画で、静岡市中心部の駿府城公園に仮設されたオープンステージには様々なアイドルや歌手が登場したのですが、今のロックフェスのように入場券などは必要なく、誰でも無料で見られたという事に大きな特徴がありました。

「ちびまる子ちゃん」の作品の中に、『「まる子フェスタしずおかに行く」の巻』という回があるのですが、この回はもちろん作者のさくらももこさんが実際にイベントに出向いた時の経験がちりばめられています。

ネットで調べると何でも書いてあるもので、この回は1975年の第4回だったのだそうですが、西城秀樹さんは1973年の第2回からの出演で、何とその後も出演を続け、「フェスタしずおか」といえば「西城秀樹」というようなイベント自体の顔として特別に静岡県民に親しまれたという事があります。

これは、誰でもそう思うことでしょうが、テレビで見ているだけでなく実際に目の前で歌っている姿を見たり、周りが人だらけで全くステージが見られなくても、同じ場所に有名人がいるという経験をしただけでも、それが後も自分の記憶として強烈に心に残り、その人がテレビに出ていたりすると応援したいと思うこともあるはずです。

これは私がさくさももこさんに確認できるはずもないので、あくまで推測の域を出ないところではあるのですが、彼女の小学生の時の強烈な「西城秀樹体験」が大人になっても心の中に残っていたからこそ、西城さんのファンを続ける中で自分の作品のエンディング曲として歌ってもらう機会が現われ、見事にそれが実現したのではないかと考えることもできます。

どちらにしても、もし静岡放送が夏のイベントで誰でも自由に招聘したタレントを間近に見られる機会を作っていたからこそ、当時の小学生・中学生など、とても自分のおこずかいではコンサートへ行くことも難しかった中で当時の一流のショーを見る機会に恵まれたのでした。そんなショーを見た多くの子供たちは、さくらももこさんのように直接何か目に見える方ではなくとも、何らかの影響があったのではないかと私には思えます。

現代は音楽については細分化が進み、なかなか家族そろって同じコンサートを見に行く機会もないと思いますので、なおさらこうしたイベントを開催する意味があるのではないかと思います。実は今年になって「フェスタしずおか」は静岡放送開局65周年の行事として復活し、昨日は西城秀樹さんも出演しました。残念ながらその日のセットリストには「走れ正直者」はないのが残念でしたが、ツイッターのつぶやきを見ると、ヤングマン(YMCA)を歌ったときにはステージは大盛り上がりだったそうです。私はというと、前日の土曜日に出掛け、その日のトリであった「サンプラザ中野くん」と「パッパラー河合」さんのステージを堪能させていただきました。

来年以降もイベントがあるかはわかりませんが、単なるイベントであっても、このような機会を作ってくれる所に住んでいたり、家族で出掛けられる方々は幸せだと思います。ここでは音楽フェスティバルの話になってしまいましたが、人の人格形成において、小さな頃に本物を体験することは改めて大事な事であるとも思えます。

旅行に出掛けてテレビでしか見たことのない物が実際のところどうなっているかを感じたり、普段食べることのできないご当地食を食べるだけでもその後の人生において大きな価値を生み出すことになるかも知れません。皆さんも、もし出掛けられる時間とお金があれば、普段の生活ではなかなか経験できない事を経験できるうちにやってみてはいかがでしょうか。


限られた時間の中で流す曲にも思い入れを!

本日、車を運転しながらラジオを聴いていたのですが、たまたま付けていたのがNHK第一放送で、午前中の放送は「すっぴん!」という帯番組でした。番組で一つテーマを決めてそれに沿ったお便り・メールの紹介や、それらしい曲を掛けたりするというバラエティー色の濃い番組なのですが、2017年2月16日木曜日のテーマは「不器用」ということでそれに関する話や曲が流れていました。

番組で流れている曲はテーマを基にして選ばれたものが多いのか、本職でなさそうな人が歌ったり、いわゆる下手ということで有名な歌手の方の歌が多く流れたのですが、時間的には午前9時半前、関東や関西では交通情報を流すバックグラウンドで流れる曲として紹介されたのが(交通情報のない地方都市ではそのまま曲が流れます)、私の大好きな「生活向上委員会大管弦楽団」の「A列車で行こう」でした。

「A列車で行こう」というのはゲームの方ではなく、ジャズの超有名曲であってそのメロディを聴けば多くの人がわかってくださるほどジャズとしてはメジャーな曲なのですが、恐らくラジオから流れてきたものは、もはや器用だとか不器用だとかいう以前に、どこが「A列車で行こう」なのかわからないまま終わってしまいました(^^;)。

個人的にこの「生活向上委員会大管弦楽団」の事を良く知っている身としては、あまりにもこの曲を「不器用」というキーワードの中で選曲されたこと自体が信じられませんし、曲の長さ的には9分以上あり、実際に聴けるのがさわりの2分くらいだけという状況の中、なぜこの曲を選んだのかという気持ちが沸き上がってきました。

恐らくこのバンド名をいきなり出してもすぐにわかる人などいないだろうくらいのマイナーなバンドで、せっかく全国放送で流れたのに、何やらわけのわからないでたらめな演奏を「A列車で行こう」と称して世に出したのではと誤解を受けるように多くの人に思われてもこちらがいやな気持ちになります。そこで、興味のない方がほとんどだと思いますが、具体的に今回放送された内容について紹介させていただくことで、いかにNHKのラジオ担当の人がいいかげんに曲を流したかという一つの例として紹介させていただくことにします。

このように、文字だけで音楽を語ったとしても、その曲を聴いた事がない人にとっては何が何やらわからないというのが正直なところだと思いますので、今回流れた「A列車で行こう」がたまたまYouTubeにアップされていたので、最後のところにリンクを貼らせていただきましたので、読みながら音楽を聴ける状況にある方はぜひ曲を聴きながら以下の文章をお読みいただけると幸いです。

この曲のポイントは複数ありますが、まず有名なメロディーに入る前に、当時はやっていたフリージャズの演奏家としても活躍されていた原田依幸氏のピアノソロがおよそ3分間に渡って繰り広げられます。演奏者の頭の中に浮かんだフレーズを、がむしゃらにピアノに向かって叩き続けるさまは、こうしたジャスが好きな人にはたまらない時間なのですが、ジャズと言えばスイングジャズというイメージを持っている人や普通の人が聴けば単にピアノをメチャクチャに弾いているとしか感じないでしょう。

この辺は抽象画の評価が人によって違うことにも似ています。ピカソの絵ならどんなにひどい絵だと思ってもそれなりにかいがいしく見るのが一般人の絵の見方なのかも知れませんが、名前も知らない日本人の描いた抽象画を前にしても、自分には全くわからないとそのまま通り過ぎるような形でラジオからピアノのアドリブが一通り流れてきたわけですので、後からこの曲が「A列車で行こう」と言われても知らない人は訳が分からないでしょう(^^;)。

しかし、この曲は原田氏のピアノソロが終わったとたん全く違った印象を聴く人に与えるものに変わっていきます。というのもバンドの名前が「生活向上委員会大管弦楽団」と称するように日本の当時のジャズ界でも有能なソリストが集まった集団であるので、まさにジャズのビッグバンドが演奏する体で、有名なメロディーの演奏が始まるのです。

その後、さらに日本の鉄道に乗って旅をしているのではないかと錯覚するほどに、きわめて日本的な情緒を持ったアドリブを挟んで、最後は実に格好良く曲が締まるように終わります。個人的には日本人のバンドが演奏した「A列車で行こう」の中では一、二を争そうくらいのアイデアが詰まった素晴らしい演奏だと思っているので、もしこの曲を「不器用」というキーワードで選んだ人がいたとしたら、がっかりしてしまいます。

さらに何よりも、最初の2分しか流れないのがわかっていて、全部で9分以上ある曲で、さらに中盤から終盤に盛り上がりのあるこの曲の最初の2分間だけを切り取って流すというのは、演奏する人の気持ちがまるでわかっていないことが悲しいです。お笑い芸人の出てくるネタ番組でさえ、同じように少ない時間で切ってはしまうものの、その時間の使い方は演者の考える余地があるわけであり、今回のように演者の意図をまるで考えずに単に面白そうだからとスタッフに好き勝手に切られるというのは、ラジオで音楽を流す資格すらないのではないかと、そこまで思ってしまったのでここまで書かせていただきました。よろしければ、リンクした曲の方を一通り聴いていただき、最初の2分でこの曲を切るのが有りなのか考えていただけると幸いです。


日本のポップス文化の特徴を備えた「ギンギラギンにさりげなく」

車中泊のブログではありますが、ちょくちょく音楽ネタを書いてすみませんm(_ _)m。一応、車で長距離ドライブをする場合にはいろんな音楽を車内で聞く機会が増えますので、心地いいドライブ用の音楽を求めて試行錯誤する中で、こんなお話もたまにはご容赦下さい。

2015年のNHK紅白歌合戦についての情報がニュースの形で入ってくることが多くなりました。アイドルはどのグループが出るのかが話題になり、アニメのあのキャラクターも出てきたり、一時は紅白に出られなかった人が出てきたり、今回限りで紅白出場を最後にするという人もいたりと、今年も数々の話題を提供してくれていますが、一番の大きな話題というのは、白組紅組の最後(トリ)の人選と歌われる楽曲についての話ではないかと思っています。

特に白組の最後になった近藤真彦さんが昔の曲である「ギンギラギンにさりげなく」を歌うというのはちょっと想定外でしたが、日本のミュージックシーンを考えた時、確かにこの曲は日本のポップスの傾向を表わしているという意味で最後にもってくるのはなかなか面白いのではないかと思っています。というのも、この「ギンギラギンにさりげなく」は、当時からヒットすべき使命を帯びて作られた曲であるのです。まずはYou Tubeを利用できる通信環境のある方は、原曲を聴いてみて下さい。

当時はジャニーズ事務所の看板タレントでヒット曲を連発していた近藤真彦さんの新曲ということでヒットすることは(多くのファンが買うので)わかりきっていたのですが、当時の賞レースを勝ち抜くためにはもっと対象を広げて多くの人の支持を得ることが必要だったでしょう。

そこで、曲のアレンジの中で当時ヒットしていた曲のアレンジをうまく取り入れて耳なじみのある曲調に仕上げてしまおうと、ヒット曲作りのテクニックが発輝されることになります。この説というのは私が独自に言っているわけではなくで、当時のテレビの音楽番組で解説されていたことをそのまま書いているので、ネットで調べれば同じような話が出てくるかも知れません。

この「ギンギラギンにさりげなく」のイントロについて、参考にしたのではないかと言われているのが当時の大ヒットナンバー、ロッド・スチュワートの「アイム・セクシー」です。「ギンギラギンにさりげなく」の方がアップテンポで、「アイム・セクシー」の方がスローでけだるい感じはありますが、かなり似たメロディになっています。比較のために「アイム・セクシー」の方と聞き比べてみてください。

これだけなら聞いている方もなかなか気付かないレベルでの似せ方ですが、この曲のサビ前にはもう一盛り上がりさせる間奏があります。この間奏はテンポといい感じといい、クインシー・ジョーンズの「愛のコリーダ」のサビ前とほとんど同じなのですね(^^;)。こちらもサンプルがありますので聞いてみて下さい。

このように、「ギンギラギンにさりげなく」という曲はパクリでは決してありませんが、いかにして多くの人の耳に馴染むものとして仕上げるかという課題を見事にクリアーし、今年の紅白のトリで歌われるほどに日本のポップスの代表曲となったのです。

考えてみれば、日本の歌謡曲というのはその始まりから外国のヒット曲を日本語でカバーすることから始まり、その後うまく外国のポップスのいい所を取り入れながら独自の進化を続けてきました。それが、今海外で受けているのですから不思議なものです。こうしたヒットのエッセンスをまぶした楽曲というのは今も作られ続けており、それがある意味日本らしいポップスの形ではないかとも思えてきます。

こうした傾向に我慢できないという方もいると思いますが、そうした反発から生まれてくる名曲というものもあるわけですから、お互いに目くじらを立てるのではなく、出てくるものを楽しむのが大事だと私は思います。ただ、2015年にちょっとしたパクリ騒動があったことも思い出してみて下さい。平浩二さんの楽曲がMr.Childrenの曲の歌詞とが似過ぎていることで回収騒ぎになったことからもわかるように、あまりにあからさまにパクることはこの日本のミュージックシーンにおいても許されることではありませんので(^^;)、その点は注意して作品を出して欲しいですね。


インターネットでうろ覚えの楽曲を探す難しさ

今の世の中がインターネットでたいがいの事が調べられるようになったということはあるのですが、どうしても難しいものがあります。今年の大きなニュースになった東京オリンピックのエンブレムに関する話の中で、なぜあれだけすぐにパクリ疑惑が出てきたのかというと、インターネットで語句や文章だけでなく画像でも検索ができるということによる部分は大きいでしょう。しかし、今回私がはたと考え込んでしまったものに音楽があります。

以前聴いた曲で鼻歌で歌えても、それをマイクから入力してもなかなかOK!Googleとはなりません(^^;)。その前にきちんとした音程で自分が歌えているのかという疑問もありますし、なかなか目的の曲までたどり着かないというのが実際のところでしょう。

たまたま昨日、ふと思い出してこの曲は誰が歌っているの?という疑問が頭から離れなくなりました。ただ、曲名はわかっています。曲名は「カントリー・ロード」なのですが、オリビア・ニュートン・ジョンやジョン・デンバーの歌った曲ではない同名曲です。カントリーのような雰囲気のある曲だったのですが、少々もの寂しい曲調で、何で曲名が「カントリー・ロード」と知っているかというと、たまたま昔聞いていたラジオでリクエストがかかり、皆さんご存知の方のカントリー・ロードをリクエストしたのが、今回私が探している方のカントリー・ロードが間違って流れてしまい、後でオリビア・ニュートン・ジョンのカントリー・ロードの方を流し直したというのが記憶に残っていたのです。

とりあえず、検索サイトでさまざまなキーワードを使って調べてみたのは、この曲はジブリのアニメに採用されていることもあってそちらの情報の方が先頭に来たりしていて、とても同名曲の事まで見つけることができなかったのです。ちなみに、「カントリー・ロード」の表記についてもいろいろあり、有名な方は「Take Me Home Country Roads」という表記が一般的のようですが、「Country Road」とあっても同じ曲だったりするので調べても始末が悪いのです。

そんな中、一縷の望みを託して試してみたのが、いわゆる音楽配信サービスの検索です。私の使っているAmazon Prime Musicで「Country Road」と入れてその曲を歌っているアーティストをピックアップしてアルバムの中に入っている「Country Road」という曲を片っ端から聞いてみることを繰り返したのですが、リストの最後の方にあった曲を再生してようやく探していたものにたどり着きました。私の記憶通り曲名は「カントリー・ロード」で間違いありませんでした。歌っていたのはジェイムス・テイラーだということがわかり、すっきりしましたが、本当に大変でした(^^;)。私は有名な方よりもこちらの多少けだるい方のカントリー・ロードの方が好きです。興味のある方は下のリンクからどうぞ 。


美輪明宏の歌う「人生の大根役者」

2013年8月21日にNHK総合テレビで放送された「真夏の夜の美輪明宏スペシャル」は久しぶりにじっくりとテレビに集中して見てしまいました。テレビというのはどうしてもその場その場を切り取り、制限時間もあるので、なかなか見ているこちらの見たいものすべてを見られるわけではありませんが、その中で心に残った言葉があります。主に若い人に向けてのアドバイスですが、「文化を学べ」ということです。

文化とひとくちに言ってもいろんなものがありますが、個人的にはまがい物ではない本物と思うものを見たり聞いたり読んだりすることで、それが自分の中の血や肉になるのではないかと思います。先日紹介した博物館や美術館に行くのも、紙に印刷されたものではない実物の有名な作品や、実際に歴史の中で使われたものを直に見ることでいつかはそうした体験が役に立つのではないかと思うので行くという感じでもありますし。

私がそんな考えを持つようになったきっかけの一つが、実は美輪明宏さんが歌ったシャンソンだったりします。私自身、ずっと日本で過ごしていて、育ってきた環境にシャンソンなんてものは全くありませんでしたから、もし美輪明宏さんがシャンソンを歌っていなかったら、シャンソンというジャンル自体を聞きもしないで軽蔑していたかも知れません。

この曲は美輪明宏さんが作ったものではありませんが、まさにこの唄の精神を実践されているかのような生きざまを感じるとともに、単なる表面的な面白さということだけでなく、その奥に何があるのかということを考えながら文化的なものに接するようになりました。本物と偽物を見分けるのはなかなか難しいものですが、それでもできるだけ本物に近いものをここでも紹介できるようにしていきたいと改めて思います。