カテゴリー別アーカイブ: ノンジャンルコラム

魅力ある車にこそいいスピーカーが必要なのでは?

昨日は久し振りに映画館に行って映画を見てきました。最近は邦画を中心にテレビ局や広告代理店が中心となった製作委員会方式の映画が多いので、ちょっと待てばテレビで放映されたり、ネットを使ったビデオ・オン・デマンドですぐに見られるようになることが多く、あえて映画館に行く必要もないと思う人も少なくないと思います。

ただ今回は、見に行った映画がロックバンドのクイーンの伝記映画である「ボヘミアン・ラプソディ」で、ライブ演奏の映像も満載でその迫力を感じたいと思い、普通の上映ではなく「臨場体感上映」という形式での回を選んでみました(といっても、普通の上映シアターよりスピーカーが多いだけの場所で見ただけなので、料金は普通の上映と変わりませんでした)。ただでさえスマホやテレビで見るのと違って大画面・大音量なのに、それでも、普通のシアターで見るよりもさらに臨場感が感じられたので、オンデマンドでの配信を待たずに直接映画館に足を運んで良かったと思いました。

今回はロックバンドの演奏をメインに聞きに行ったような形になるので、その迫力というのは現在の住宅事情では再現することは大変でしょう。ストーリーを見せる映画だったらそれでも大きなモニターにビデオ・オン・デマンドで鑑賞してもいいのですが、やはりこれだけテクノロジーが進化した時代であっても「大画面」「音響機器」というようなハードの大切さというのを改めて今回は実感しました。

そんなわけで、普通の人では防音がしっかりした音楽鑑賞や映画視聴のためだけの部屋を持つことができないため、これはという映画を臨場感を感じながら見たい時には映画館へ行きますし、好きなミュージシャンのコンサートにも行くわけですが、毎日そんな体験ができるわけではありません。ただ、車を持っている人ならおわかりかと思いますが、車の中で聞く音楽というのは一人で乗っていれば個室状態になり、運転しながらではありますがリラックスするための音楽をじっくりと流すことができる空間になり得ます。

最近、車に乗る人口が減っていると言われていますが、車自体の性能論ではない車を持っていて利用する意義ということを考えてみると、このカーオーディオについて、もう少し進化してもいいのではないかとふと思いました。

さすがに運転に支障があるようなところまでは要求できませんが、ある程度臨場感のある音が全ての座席から直接聞けたり振動を感じることができるようなサウンドシステムを考えた車の内装を採用する車があれば、それはそれで十分に選ばれる車になる可能性が出てくると思います。

ただオーディオシステムが要求されるのは音楽だけではありません。AMラジオ放送がFMとの同時放送となったことで、スポーツのラジオ中継において会場にいるような臨場感を味わえるとしたら、あえて画を見ないで想像の中でラジオ実況を聞きながら運転することそれ自体が楽しみになってくるのではないかという気もします。また、インターネットラジオの同時放送を流す中で、将来5Gで多くの音楽情報を安定して送信することができるようになれば、例えば車のフロントガラスをスクリーンにして(^^;)、車を動かさなくても車の中をリスニングルームや映画鑑賞のための部屋として使うということも将来できるようになれば、これはこれで面白い車ができるような気がします。

今回はたまたま臨場感あふれる音とともに迫力の映像を見られたことからそんな妄想をしてしまいましたが、現状でも車の中で小型プロジェクターを使って車内映画館を作ることはできますが、さすがに道の駅の駐車場で大音量で映画を見たら大ひんしゅくを買うと思いますので(^^;)、中の音を漏らさないサラウンド対応のヘッドホンを使って臨場感を楽しむというのも車中泊の夜の楽しみとしては十分有りという気もします。ただし、外の音が聞こえなくなるためくれぐれも自分で叫んでしまって、車の外にいる人達に変に思われるような事は避けましょう。


郵便局の「はこぽす」を使ってみました

先日注文した荷物を自宅で受け取りそびれてしまい、気付いたら自宅のポストに不在票が入ってしまっていました。ヤマト運輸では近所の営業所に到着する前に、ネット上から営業所受け取りに変更することが可能であるのですが、郵便局の場合は一度配達に来てもらって不在票を受け取らないと、再配達なり郵便局に取りに行くということもできないのですが、最近では働き方改革の影響もあって今までは24時間開いていた大きな郵便局の「ゆうゆう窓口」が深夜は閉じられてしまうことが多くなりました。

その代わりということでもないでしょうが、郵便局が初めたのが大きな郵便局などに置かれた宅配便受取りや出荷のために設置された荷物受取ロッカー「はこぽす」です。利用するにはまず、日本郵政のホームページから自分のメールアドレスを登録して「ゆうびんID」を取得し、「My Post」というサービスを使えるようにしておく必要があります。その上で改めて「はこぽす」の利用を申請します。早ければ翌日までには自分で使える専用のウェブサイトのURLを「My Post」のメッセージとして知らせてくれます。

実際には自宅に不在票が届いたら案内を受けた専用のウェブサイトへアクセスし、そこに不在票にある「お問い合わせ番号」を入力すると、はこぽす利用のための申し込みが完了します。ただし、100サイズ(長さ54cm・幅41cm・厚さ24cm以下)の荷物でないとロッカーに入らないので利用できません。また、受取時に金銭の支払いの発生する荷物では利用できません。そのような理由ではこぽすが利用できない場合は、改めて登録したメールアドレスに連絡が入るそうです。

ちなみに、こちらで受け取るはずの荷物は小さい60サイズのものだったので、まず大丈夫だと思って登録を済ませて連絡を待ちました。恐らくここからは局内での作業になるため、いくら急いでいてもロッカーに入れてくれなければ受け取りはできないので、自分の荷物がロッカーに入った時に来るメールを待たなくてはいけません。ただ、窓口との受け取りと違って、窓口が開いている時間に関係なく荷物を受け取ることができるのは大きな魅力ではないでしょうか。

私の場合は午後7時前にはこぽす利用をウェブ上から申請し、受け取り可能というメールが来たのが翌日の午前8時でした。ということは、今回の場合は深夜に受け取ることははこぽすを使っても不可能であったということになります。ただ、入庫日から一週間は荷物ははこぽすの中に入っていていつでも取り出せますので、仕事などの都合でどうしてもゆうゆう窓口の閉まる時間でないと荷物を取りに行けないというような人にとっては局の夜間窓口が閉まっていても荷物を受け取れるメリットはあると思います。

まだ「はこぽす」を見たことのない方のために、どんなものかということで写真を撮ってきました。鍵のないロッカーに、操作用のタッチディスプレイがセットされています。受け取る場合には不在票は必要なく、日本郵便から送られてきたメールに記載されている「パスワード」と「お問い合わせ番号」を入力する必要があります。まずはパスワードから要求されるので入力するのですが、夜はともかく朝から昼には日光に反射してかなり液晶画面が見にくくなってしまって、手で影を作りながらパスワードと引き続き問い合わせ番号を入力しました。この組み合わせが間違いなければ、ロッカーのどこに自分の荷物が入っているかが画面に表示された後に自動的にロッカーの扉が開きます。

送られてきた荷物は60サイズだと表示されていたのですが、中が開いたらメール便のような封筒でした(^^;)。ただ、このサイズに入らない荷物だとはこぽすを利用できないということで、今回は無事に受け取りができました。捺印や免許証の提示も必要ないので、そうした本人確認がめんどくさいという方も、はこぽすでの受け取りを利用されるメリットは有ると思います。

ただ、はこぽす自体の数が限られているため、もし全てのロッカーが埋まってしまっていた場合は、開きが出るまで時間がかかるようでは困る場合もあるでしょう。できるだけ早く荷物を受け取りたい場合、もしはこぽすの荷物が埋まっている場合には受け取れない可能性が高いので、どうしても窓口が閉まっている時間しか受け取れないということがないようなら、電話で荷物の局からの持ち出しを止めてもらい、郵便局の窓口に直接取りに行く方が早く荷物が手に入るということもあります。その点は十分考えた上ではこぽすを利用されるのがいいでしょう。

今回はこぽすを使ってみて、全てネット上で完結してしまったので、電話を掛けたくなかったり、どうしても深夜にしか受け取りに行けないとか、さらに窓口で取け取ろうとするといつも人が並んでいて待たされるのがいやだというような方には便利に使えると思います。まずは日本郵便のホームページからメールアドレスを登録して、いざという時の荷物受け取りの手段として用意しておくのもいいかも知れません。


日本のプロ野球は引き分けをなくせるか?

昨日はお昼前からMLBのワールドシリーズを見出してしまって、結局どこへも出掛けられないで終わってしまいました。今回対戦したロサンゼルス・ドジャースとボストン・レッドソックスとの対戦はまだあのベーブ・ルースがレッドソックスにいて投手として投げていた時代とのこと。それまでのワールドシリーズの記録であった延長14回をルースが投げ抜いたという記録を残している時の1916年以来で、秋田県代表が決勝戦まで進んだ第一回の全国中等学校野球優勝大会(後の甲子園)よりさらに長い102年振りのマッチメイクだそうです。改めてメジャーリーグの歴史の長さを感じるわけですが、その頃から現在まで変わらないのが「引き分けなしの延長無制限」というルールです。

昨日のワールドシリーズは終盤にドジャースの前田健太投手が登板したこともあって、見ている方も相当興奮したのですが、本当にいつ終わるのかわからない試合というのがあって、固唾をのんで試合を見続けていました。恐らくこんな試合があるからこそ、メジャーリーグでは様々な伝説が後世に残るものだとしみじみと思うところでもあります。掛け値なしに昨日の試合は今後伝説になるレベルの試合だったと思いますし、現地で観戦していた観客もほとんど帰らずに勝負の行方を最後まで見守っていたというのもすごいと思いました。

日本にやってくるメジャーリーグの選手が日本のプロ野球に感じる違和感の一つに、日本のプロ野球独自の「引き分け」制度があると言われています。もちろん、引き分け制度を作ったのにはそれなりの理由があり、駐車場のない日本の球場では電車が終わってしまうと観客が帰れなくなることが大きいでしょうが、かつてはテレビ中継のゴールデンタイムにプロ野球中継があり、無制限延長になってしまうとその後に予定されている番組の編成がガタガタになってしまうということもあったのではないかと思われます。

ただ最近はプロ野球中継はBSやネット配信にシフトしてきているので、必ずしも地上波のテレビ番組に影響を与えることは少なくなっています。今後地上波のテレビとは無関係に野球が好きな人が見るようなプログラムに変化して行くならば、少なくとも延々と続く延長線を流し続けることも可能になってくるのではないかと思うのです。

また、今回のような延長戦というのはかなりのレアケースであるわけで、いくら延長戦が無制限だとしてもその前に選手を出し過ぎたチームはそこまで粘れるだけの力は残していることというのは考えずらく、今回のような延長戦は年に一度あるかないかで、せいぜい現行の12回から少し伸びるくらいのものでしょう。そんな中で昨日の試合のような延長18回なんて試合をやっているというのがわかれば、かえって全国のプロ野球ファンは注目してその試合を中継しているBSやネット配信で見る人も増えるのではないでしょうか。

高校野球の全国大会ではタイブレークが採用されるようになりましたが、これは単純にトーナメント試合で一人の投手が延長が続くと延々投げ続けなければならない理不尽が今までまかり通ってきたための救済措置です。また、野球の世界大会でのタイブレークは高校野球とは少々意味あいが違って、短期間の日程で決勝までの試合を終わらせなければならないので、日程消化のためのタイブレークという手段に過ぎません。

プロ野球というのは日本の野球の最高レベルの戦いであるだけに、長期にわたるリーグ戦で引き分けがあると、リーグ戦の勝ち数が少ないチームが一位になる可能性も出てきます。日本シリーズ出場を決めるクライマックスシリーズを失くした方がいいという意見もありますが、リーグ戦で一番強いチームを決めるのならば、現在の野球中継を見る方法が変わってきた今を狙って引き分けなしの勝ち数だけで順位を決めるという単純な方法に戻してもいいのではないかと思うのですが。


インフルエンザ予防接種は受けた方がいいか?

実はここのところ、風邪にはかかるものの冬場にインフルエンザにかかることはなく、インフルエンザの予防接種についても何となく接種してきませんでした。ただ、学生の時には学校にやってきてくれるお医者さんに任意ではありましたが打ってもらった記憶があります。

インフルエンザにかかると最悪の場合にウィルスが脳に入り込んで生命にも危険な状態になる可能性もあり、大流行してからではワクチンが手に入りにくくなっている可能性もあり、受けるなら早めに打っておく方がいいという話もあります。

ただ、予防接種を受けて調子が悪くなってしまう方もいるという話も聞きますし、そもそも、ワクチンとは違うウィルスが流行したら打っても無意味という話もあり、無理に打たなくてもいいのではないかと逃げていたというのが昨今の私という風になります。実際、それでもインフルエンザにかからなかったということはあるのですが、今年は昨日仕事の合い間に抜け出して予防接種を受けてきてしまいました。

これは、自分の働く内容が変わったことにより、今までよりも多くの人が行き交う場所に出掛けることが予想されるということもありますが、もう一つの大事なことは、「予防接種を受けることでの責任逃れ」という事が社会の中では存在するということです。

これは、学校でも会社でも家庭内でもどこでもいいのですが、もし集団内でインフルエンザにかかった人が出た場合、免疫がない人に感染ってしまう可能性が考えられます。インフルエンザをもらってしまうなら、それはそれで仕方がない事だと思いますが、大変なのはインフルエンザと知らずに活動をしていて周辺の人々に自分が感染させてしまうような事が起こった時です。

この場合、やはりインフルエンザにかかってしまった人からすると、「お前のせいで」と冗談ではなく言われるかも知れず、言われなくてもしばらくは肩身の狭い思いをしなけれはなりません。そんな事を考えた時、もしインフルエンザが流行したとしても、自分は事前に十分なインフルエンザに関する対策をしたことをアピールするには予防接種をするという事実が一番効果的であるということに気付いたわけです。今回打ったウィルスも、もしかしたらこの冬に流行するインフルエンザに効かないワクチンである可能性もあるわけですが、それにしても予想と現実との間には外れてしまうこともあるわけですから、流行の前に自分はこれだけの対策はしたという事は言えると思います。

きちんとした会社の場合はお医者さんが職場までやってきてくれて、無料だったり安い値段でやってくれる事も多いのでそこまで色々考えなくてもいいかと思うのですが、自分の意志で近くの病院で打ってもらうような場合にはできれば事前に病院に電話していつぐらいが人が少ないかを聞いて、さらにワクチンの確保が必要かどうかも聞いておくといいと思います。電話をしないで直接行ったはいいものの、病院は大変な混雑で、さらにわけのわからない咳をしているような人と一緒に待合室でずっと待っていると予防接種を受ける前に別の何かに感染してしまうのではないかと心配になりますし(^^;)、本当にそれで体調を崩してしまったら洒落にも何もなりません。

そんなわけで、今年の私は「とりあえず受けておけ」というのが考えた末の結論のような形で落ち着きました。皆さんはいかがでしょうか?


宅配荷物を受け取れる方法の時代による変化

先日このブログで紹介したノートパソコン用のACアダプターを大手通販サイトに登録しているショップから注文したのですが、荷物が届かずトラブルになりました。一応、ショップでは大手物流会社の追跡番号を送ってくれていたのでその番号で検索したところ、夜の9時前に自宅に来たものの持ち帰ったという記録が残っていたのですが、その時間に宅配業者がやってきた気配を感じることはできませんでしたし、自宅の電話が鳴ることもありませんでした。

これは、配送業者が勝手にいないと判断して不在票だけ残して帰ったなと思って郵便受けを見に行ったところ、何と不在票も入っていませんでした。さすがにそこまでのトラブルには遭遇したことはなかったのですが、このままでは荷物がどうなっているかもわからないので、とにかく営業所の方に電話して事の次第を聞いてみることにしました。

すると、自宅になぜ不在票が入っていなかったのかがわかりました。発送元の業者が、すでに大手通販サイトに登録してある住所を印字するのに、なぜかはわかりませんが番地の表記の部分を一部だぶって記載してあったため、実際には存在しない住所まで荷物を届けに来てそのまま帰ったらしいことがわかりました。この話を聞いてまさか自分が知らせた住所が間違っていたのではと思い、一応注文が確定した際のメールを確認してみましたが、自宅の住所は正確に記載されており、今回のトラブルの原因は発送をする業者の住所記載ミスであることがこれではっきりしたわけです。

ここにきて、電話を掛けた際に改めて物流会社の事を責めるような物言いを先にしていなくてホッとしました(^^;)。それと同時に、トラブルを避けるためにネットショッピングの受け取りについては、自宅ではなく直接営業所に行くとか、近所のコンビニで受け取るとかの手段を用意しているところから購入した方が多少の間違い表記があっても届くだろうと思い、私の場合はできる限り自宅で受け取りをしない方がいいとしみじみ思いました。

こうした個人的な事情というのはやはり今の時代ではあるようで、荷物が配達される前にメールやLINEで連絡をもらえ、まだ荷物が自宅に向かって発送される前に受け取り場所を変えられる(コンビニや営業所など)ヤマト運輸のサービスや、自宅で受け取れず、不在票が入っていた場合、不在票に書かれている番号を入力すると翌日に荷物を持ち出さず、最寄りの営業所に設置された専用ロッカーで荷物を受け取れる日本郵便の「はこぽす」のようなサービスも出てきています。今後こうしたサービスを積極的に活用していくようにすれば、さらにトラブルなく自分の都合で荷物を受け取ることができるようになっていくと思います。

あと、受取先を全国のコンビニや営業所にできるメリットというのは、それこそ車中泊で全国を回っているような場合にはうってつけです。できれば購入時に配達先を選ぶことができるなら、長期旅行中であっても付近のコンビニを指定することで旅をしながらネットショッピングで購入した品物を受け取れるわけです。

今回の場合はネットでの商品購入だったからこそ、連絡がメールで入ったので事前に荷物の追跡番号が簡単に入手できて、その結果すぐに荷物の存在が明らかになり、それほど時間を掛けずに品物が手元に入ることになりました。こうした連絡というのはネットショッピングでは当り前ですが、個人同士での荷物のやり取りにも利用するといざという時には役に立ちます。インターネット環境を持っている人に対してはメールで追跡番号だけを知らせれば足りますが、ネットが使えなさそうな人に対してはショートメールで追跡番号の他に配送業者と荷物間い合わせの電話番号を一緒に書いておけば、トラブルが起きたとしても何とかできるだけの情報が手に入ります。今回の私のようなトラブルが起こることはそうそうないとは思いますが、サプライズで送るものでないようなものについては、少なくとも送り先にそうした情報は伝えておいた方がいいように思います。


お家芸奪還への鍵は「武者修業」にあるか

国際的に活躍する日本選手というといろいろいますが、注目される中で活躍できる選手というのは本当にすごいと思います。先日のテニス全米オープン女子シングルスで一気に頂点まで駆け上がった大坂なおみ選手は今後のテニス界をリードする可能性を感じますし、自らの不祥事でリオデジャネイロオリンピックをみすみす棒に振ってしまった、男子バトミントンの桃田賢斗選手は世界ランキング一位にまで上り詰めました。どちらの選手も相当な苦しい練習を行なう中で世界トップの実力を身に付けられ、賞賛の思いはここでは語り尽くせません。

ただ、かつて日本のお家芸と言われた種目において、日本選手が全く世界に通用しないという状況がある競技において、いかにして好成績を望むかということが2年を切った東京オリンピックに向けてのスポーツ界の課題であって、とても様々なスポーツ協会の内紛をしている場合ではないと思うのですが、実際に今強くなっている競技を詳しく調べていくと、一つのキーワードにたどり着きます。いわゆる「内弁慶社会からの脱却」です。

テニスの大坂なおみ選手は生まれこそ日本だったものの、テニス人生の殆どをアメリカのスクールで過ごしてきたわけで、ちょっとこれから書くことに当てはまらないかも知れませんが、男子の錦織圭選手は早いうちからアメリカに渡り、現地で世界から集まる多くの才能を持つ選手と切磋琢磨する中で実力を付けていきました。

バトミントンは国内リーグ中心ではあるのですが、実は日本代表のヘッドコーチコーチに韓国人の朴柱奉(パク・ジュボン)さんを招聘した決断が今の日本の強化につながっています。今までの日本の強化策と違うことを数々推し進めたことによって実業団チームからの反発もあったものの、バトミントン協会は朴柱奉さんの後ろ盾になって彼を守り、それが最近の日本のバトミントン躍進につながり、リオデジャネイロオリンピック後も本国である韓国からのヘッドコーチ招聘を断り、東京オリンピックまでの契約を継続することにもつながりました。

こうした事例に共通するのが、今までのやり方にとらわれずに新たなチャレンジをスタートさせ、夢が実現するまで続けるということにあると思います。実は今回いつものブログの内容とは関係ないスポーツの話を始めたのは、シカゴマラソンで3位に入り記録も2時間5分台という世界と十分に戦える記録を出した大迫傑選手の偉業について素晴しいと思ったからです。

日本とオリンピックのマラソンというと、日本が史上初めてオリンピックの出場を果たしたストックホルムオリンピックまでさかのぼります。日本マラソンの父と呼ばれた金栗四三氏は金メダルを狙って出場したものの、勝手の違う海外レースに調子を崩して途中棄権し、その後日本のマラソン強化のために箱根駅伝を開催するなど、日本マラソン強化のために尽力しました。その強化の甲斐あってか、当時の日本籍だった朝鮮半島出身の孫基禎選手のベルリンオリンピック金メダルはあったものの、いまだ男子マラソンは金メダルに届いていません。かつては金メダルに近づいた時期もありましたが、アフリカ勢が競技に本腰を入れるに従ってメダルのチャンスすらなくなっていった感じもあります。

さらに先日のマラソンに関するニュースの中で、2018年のベルリンマラソン男子マラソンで2時間2分の壁を破る驚異的な世界新記録を出したケニアのエリウド・キプチョゲ選手の話題がありましたが、大迫傑選手の日本新記録の前は2時間6分代が最高で、これはもう永久にアフリカ勢にマラソンではかなわないのではないかと思えてくるような絶望感を感じたのですが、今回のシカゴマラソンのニュースは日本選手がというよりも「非アフリカ勢」が東京オリンピックでメダル競いに食い込めるのではないかという期待を持つには十分でした。

大迫傑選手もいったんは日本の実行団に入ったものの、早くから日本の実行団の駅伝中心の練習が合わずに単身アメリカに渡り、マラソンでアフリカ勢に勝つための練習を辛抱強く行なってきました。個人的にはそこまでやってもアフリカ勢の身体能力にはかなわないのでは? と少し思っていただけに、最後までトップ集団に残り、最終的にも2時間6分を切る日本新記録とともに大会で3位に食い込んだのは、大迫選手個人だけでなく、アフリカ勢に本気で勝とうと頑張っている選手達にとっても、大変価値がある試合だったのではないかと思います。

ここまではかなりスケールが大きな話になってしまいましたが(^^;)、やはり日々の環境の中に浸かりながら事を成すよりも、一気に環境を変えることで飛躍的に人間は伸びることがあるということでしょうし、そうした環境をサポートする人と一体にならないと本当に良くならない状況がスポーツの世界においてもあるわけで、今後の自分の生活についても参考になります。なかなか行なうことは難しいとは思いつつも、今後は出掛けるチャンスがあれば積極的に旅に出たいですし、そこで何かまたブログの内容になりそうな事を見付け出せればいいなと思います。


改めて2020年の「サマータイム」導入について考える

2018年の日本の夏に過去に例を見ないくらいの暑さになったこともあり、誰が最初に言いだしたのかは個人的にはわかりませんが、主にオリンピック関係者の口からサマータイム導入への可能性が言われているように思います。
先日のニュースでは、国際オリンピック委員会の方で、東京オリンピック組織委員会がサマータイムの導入を提案していることについて、支持するコメントを発したのだそうで、このままオリンピック委員会と日本の政府が両手を携えてサマータイムの導入に舵を切るのかどうかということについて個人的に注目しています。

元々日本のオリンピック委員会は、競泳の決勝レースなど多くの海外の人気競技において、巨大スポンサーが多くいるアメリカやヨーロッパの放送時間に合わせて時間をずらさざるを得ない状況があるので、スポンサーやアメリカともめずに安全に、特に陸上のマラソン競技を行なうのに競技の時間変更を日本側から言い出さなくても済むということからサマータイムを言い出したのではないか? と思ってしまうところもあります。

ただ実際サマータイムになるとどうなるのか? ということを考えてみると例えば2時間時計を巻き戻すとして、午前9時始業午後5時終業の会社の場合、サマータイムで2時間早めると、実際は午前7時から午後3時までの仕事時間になるわけです。

オリンピックの時期の日の出は東京はだいたい午前4時40分頃と言われていますので、マラソンのスタート時間も実質的には午前5時頃と日中の暑さが今年並みだと考えるとベストなスタート時間になります。しかし、この辺はまだ出場選手も決まっていない中で先にサマータイム導入を決めると、レース的には波乱が少なく、日本独特な気候を生かして何とかメダルを狙いたいと思っている日本選手としてもなかなかメダル圏内に割って入るのが難しいレースになりそうな気がします。悪天候を逆手に取って有力選手が次々と脱落する中で虎視眈々とメダルを狙っているような選手にしたら、サマータイム実施が決まった時点でチャンスが無くなると考える人もいるかも知れません。

さらに、サマータイムを決めるなら決めるでオーソドックスなレースに強い選手を選考レースで選ぶための選考会の環境を作らないといけませんし、できるだけ最終選考会は当日と同じような条件で行なって欲しいものだと思います。だとしたら早くオリンピック当日がサマータイムになっているのかそうではないのかを決める必要が出てきます。国もJOCも選手ファーストと言うのなら、できるだけ早くサマータイムについての結論を出してあげるべきでしょう。

ここでもう一つ指摘しておきたいことがあります。オリンピックに直接参加したり、毎日楽しみにオリンピックを見たいとか、大会のボランティアに参加したいという人であればそれだけで話は済むのですが、サマータイムがもし日本で再び実施されれば、オリンピックに関係ある人もない人も、全ての人に生活習慣の変更を強いることになるという面もあるわけです。サマータイムでは始業が早まればその分早く寝て早く起きなければなりませんし、終業が午後5時でも今までの時間で言うと午後3時になるわけですから、まだ太陽が照っていて外での仕事にそれほど支障がない状況になるので、政府の労働関係の取り決めが守られない職場では過重労働が科される心配もあります。

何より、このサマータイムを実施している他の国が今後のサマータイムの実施についてどのように考えているかということも考えておくことも、今の日本では大切になるのではないかと思います。実はEUでは現在行なわれているサマータイムの廃止が検討されているというのですが、サマータイムには太陽の照っている時に効率的に活動することで節電効果があると賛成する意見がある一方で、サマータイムの実施日から一週間くらいは睡眠時間が短くなってしまうので、健康の事を考えるとサマータイムの導入をやめてはどうかという反対の声が多くなっているそうです。

この事とは直接関係はありませんが、オランダ・ライデン大学のレベッカ・トロンブル助教授のチームがツイッター言論の「健全性」を評価するプロジェクトというのを始めるそうで、具体的にはツイッターでは偏った意見ばかりが発信され増幅されているのか、それとも多様な意見が含まれたものが発信されているのかを調べて数値化するのだそうです。

そのために調査するテーマとして「移民」とともに選ばれたのが、「サマータイム」だったのだそうです。トロンブルさんは、「移民問題は大きく意見の分かれる問題であって、左派と右派で分極する。一方でサマータイムはそれほど激しく分かれない」(2018年9月12日 朝日新聞朝刊「ネット点描」の中から発信を引用しました)とテーマとして選んだ理由を説明したのだそうです。

サマータイムに賛成する人と反対する人というのは移民の問題と同じように双方いるわけですが、激論になってお互いがお互いを罵りあうような形で議論がなされるような問題ではなく、もし今後EUがサマータイムを廃止するようなことになったとしても流血を伴う暴動が起こるような事までは想像しにくいですが、移民問題では最悪の状況が起きればかなり悲惨な事件も起こるのではないかと考えることもできます。それだけに、日本政府も多少の反対があるにしても、場合によっては採決を強行することでサマータイムのための法案を通して実施することはできると思うのですが、最初にも書いた通りやるならやる、やらないならやらないでできるだけスケジュールを早くそれを決めていただかないと、日本で暮らしている全員が日々の行動を変えなくてはならないので、首相の鶴の一声でもいいので早く何とかこの問題を解決して欲しいです。

個人的には元号の切り替えも2019年には控えていますし、それだけでも大変なところ時間まで切り替えるのは個人よりも企業や大きな組織の担当の方には頭の痛い問題ではないかなと思います。とにかく、やらならやる、やらないならやらないという声明が政府から早急に出ることを期待しています。


日本のバターは安くなるのか

日本の農業を考える時、今までは大きな組織による既得権益によって多くの農家は守られてきました。そのため農業が生き残ってきたという側面はあったのかも知れませんが、今後は農業も例外なく海外との競争にさらされるようになることは容易に想像でき、またさらに日本の農業は厳しい状況に突入するのではないかと心配になります。

特に、日本産の価格と海外産の価格差が大きく、過去には品薄によってスーパーマーケットからもその姿が一時消えた「バター」について、貿易協定により安い海外産が普通に買えるようになったら、日本産のバター全体が淘汰される可能性すらあります。そうなるとバターの原料である生乳を作る酪農家はどうなってしまうのか? と農業とは関係ない仕事をしている中でも心配になるのです。そんな中、テレビ東京系で放送された「ガイアの夜明け」という番組の中で、国産でも安いバターを作ろうとする酪農家や事業者の奮闘ぶりを取材しているのを見て心強くなるとともに、本当に今後どうなってしまうのだろうとも思いました。ちなみに、私はテレビ東京の番組がリアルタイムで見られる地域に住んでいないので、週遅れで「ガイアの夜明け」が放送されるBSジャパンで見ることができました。

普通なら同じ日本産の原料で安くバターを作ることができるなら多くの人に歓迎されそうなのですが、農業というのは実に複雑な既得権益がからんでいるようで、積極的に安いバターの実現を目指す人たちや、その人たちに生乳を売る酪農家に対して取材を行なってくるうちにこれは「いじめ」や「事業者つぶし」ではないか? と思えるような逆風にさらされているということが取材で明らかにされます。現在日本で購入できる国産バターの価格はほぼ横並びで、品質については海外の専門家も褒めるものの、その価格があまりにも高いことと、メーカー問わず味も均一になっているようだと指摘されていました。同じ乳製品でもチーズは補助金が入ることで作りやすくなっているようですが、バターに使う生乳の価格については相変わらず安いままで、今の仕組みで生乳の流通が続いていると仮定すると、日本で安いバターを作るのが現状では難しいままになってしまうと言わざるを得ません。

番組ではとある事業者が酪農家から生乳を従来の業者より高く買い取り、それをバター作りに回すという中、試験販売という形で、「北海道デイリーみんなのBUTTER」という製品を100g・150円という価格で売り出していました。同じ100gでも現在の国産バターの価格は250円くらいということなので、確かに安いですし、この新しい国産バターが全国で流通するようになれば、バターを使ったケーキが手頃な価格で買えるようになるかも知れませんし、今までマーガリンで我慢してきた人がバターを使うようになれば、その美味しさにさらなるお米離れが進むかも知れません。

番組では従来の生乳価格より高い価格で仕入れるのに、なぜ国内生産のバターの価格を下げられるのか? という疑問については製造工場に入れる機械をヨーロッパの最新式にすることでコストを抑えられるという説明をしていましたが、それ以上に日本のバターの価格というのが競争のない安定した高値ということも問題でしょう。もし番組で出ていた試作品のバターが今回出た同じくらいの価格で販売されたら、さすがに大手メーカーもバター価格を見直さざるを得なくなるでしょうし、海外のバターに対する競争力も付いてくるのではないかと考えることもできます。

恐らく、今もって新規参入が難しいのは、そうした流れになると困る人たちがいるということなのでしょうが、考えてみると日々の消費活動というのは限られた人たちの思惑によってコントロールされているという部分は確かにあります。スーパーで売っている品物もそうですし、車で旅に出た先でスーパーより安いとつい買ってしまう大きな直売所や道の駅に出店している農家の方々も実は地元との結び付きが強くないとなかなか出店することも難しいだろうと思います。私もそこまで深く考えることなく日常でも旅先でも食品を購入していますが、今後は購入する前に考えることも必要なのかなと思えてきました。

もちろん、一口に農家といっても大規模に生産だけでなく販売までこなす、農協に頼らないような地力のある人たちもいますし、組合に入っていなければ生計を立てていくことが難しい零細の人たちもいるわけで、既得権益や組合が全て不必要だとは思いません。ただ、今回テレビで紹介されたバターの件について言うと、もし何らかの理由で生乳の生産が落ち込んでしまった場合、いつまたバターの品薄が起きてしまうかも知れません。そうなれば国内で安いバターの生産が軌道に乗る前に、他国の日本に対する圧力に屈する形で、海外産の安いバターが日本でのスタンダードになってしまうような事が起これば、今の日本の状況で必死に生産を続けている酪農家の方々はどうなるのでしょうか。日本では酪農家はいらないと思うのか、現状で今より安くて高品質なバターを作ることで、それが海外産のバターと競争できるようにしていくことで日本の酪農家を守る方向に行くのか、今後の事を考えてみることが大切なのではないでしょうか。


当り前にスポーツ遠征に行ける今だからこそ

2018年は様々なスポーツで陰に陽に注目が集まる年になったような気がします。高校野球の甲子園大会で第一回以来秋田県勢として103年振りで決勝に進出した(今年が100回なのになぜ103年振りかというと、米騒動と太平洋戦争のために大会が中止になったことがあるため)金足農業のチームに注目が集まっていますが、その盛り上がりの陰で選手と応援団の現地滞在費用が足りなくなるという、綺麗事では済まない問題も起こっていたといいます。

金足農業は決勝まで進出したということで全国的な注目が集まり、目標とされていた寄付金が県内だけでなく全国から集まり事無きを得たようですが、こういう話を聞くと今も昔も自由にスポーツができ、国内・海外遠征ができる人というのはそれだけでも有難い事だということも今一度認識し直すことが必要なのではないかと思います。

歴史がらみの話として、過去に私が読んだ話の中で印象的に思ったものに、戦後すぐに世界選手権出場が決まったものの、自己負担金を協会に提出しないと代表権が得られないような競技団体が存在したことです。これは、卓球の荻村伊智朗選手が1954年のイギリス・ウェンブリーで行なわれた世界選手権の代表に選ばれたものの、当時のお金で80万円という当時個人では用意できないような途方もない金額を協会に出さないと代表権を剥奪されるという状況に追い込まれた時の話があります。ちなみに同年の公務員の大卒初任給は8,700円で、ラーメン一杯35円という時代の80万円というのは、今の一千万円以上になることも考えられ、普通の家庭ではとても出せない額です。

この話に、さすがの荻村さんも代表権の返上を考えたそうですが、卓球仲間が街頭に立ち募金活動をして何とか集めた80万円を卓球協会に上納することで何とか大会に参加できることになり、その大会での優勝で一気に荻村さんに脚光が当たることになるのです。当時は荻村さんと同時に代表に選ばれながらもお金を集めることができずに大会に参加できなかった選手もいたということですから、当時の社会状況があるとは言え、生まれる時代によってこれだけ待遇に差があるのかと思ってしまいます。

こうした先人の苦労を考えた時、アジア大会の最中に買春して競技が行なわれている中で日本に帰国となった男子バスケットボールの選手達は、それまでどれくらいの人からの支えが有り、さらにアジア大会への渡航費用・宿泊費はどこから出ていたのか? という点にはあまりにも無知であることだけでもバッシングを受けて当然であるとも言えます。

それこそ、現代でもお金がない中で家族の協力で競技活動をしている人達の中には、日本一のレベルであってもお父さんやお母さんがワゴン車を運転し、宿泊費を浮かすために車中泊をしながら遠征するような人は少なからずいます。

車中泊というとエコノミークラス症候群を心配される方もいるかも知れませんが、車中泊であってもしっかり足を伸ばして寝られるスペースを作り、車の中で泊まる前提なら腰を傷めないようなスポーツ選手向けに作られているマットを併用すれば、限られた予算の中でも体にそれほど影響なく全国を転戦できると思うのですが、特にメジャースポーツで活躍している選手はそうした苦労の末に掴んだ代表の方もいることを重く考え、そこまでの苦労もしないでも遠征や活動をこなせる有り難さというものを感じて、せめて試合のある期間中にはスポーツに集中すべきでしょう。

全てが終わった後の打上げで羽目を外すならそれは、それまで支援してくれた人への感謝という意味でもとことん付き合うことも大事だとは思いますが、特にメジャースポーツで有名になっている方も、自分達は誰からサポートを受け、誰から応援されているかということを考えて行動しないと、今の世の中では今回のようなバッシングにいきなりさらさせるような行動を取ってしまうようになるかも知れませんので、その辺は十分注意して競技人生を全うできるような活動を行なって欲しいと願っています。


プログラミング思考によるネット対策も教えてあげて欲しい

2020年度から全面実施となる小学校の新学習指導要領では、プログラミング教育が必修化されるとのことで、改めてその事がニュースになっています。ちょっと聞くと、小学生の頃からパソコンを使って何かのプログラムを作って動かすような授業をやるのかなと思えますが、調べたところそこまではさすがにしないようです。

この「プログラミング」という言葉は、パソコンやスマホを日常的に使っていても、自らは詳しく知らないという方が多いかと思いますが、新学習指導要領では「プログラミング思考」を育てることを重要視し、この学習について考えているようです。ではこの「プログラミング思考」とは何かというと、自分がしたい活動を実現するために、どのような動きが必要で、どのように組み合わせたらしたい活動に近付くのかを論理的に考えていく力という風に説明されています。

ですから、小学生からプログラミング言語を実践的に勉強するということではなく、あくまでそうした問題解決のための考え方を学ぶということになるようです。人生の中においても自分で判断して実行することが必要となる時代に、その助けとなる思考法を小さいうちから教えていくという風にして、特定の教科にせずに今あるカリキュラムの中で教えていくということらしいです。さらに言うと、特定の教科ではないということからプログラミング思考のテストのようなものも基本的にはないようです。

恐らく直感的に自分の考えをどのようにしたら実行できるのか、タブレットのような端末を使って行なう事もあったり、簡単な命令で動くAIロボットを使って、自分で考えた通りの行動をロボットがしてくれるかなどの授業が行なわれることが考えられますが、全くパソコンを使わないで紙に書きながら考えるような授業として自然に「プログラミング思考」を身に付けていくような形の授業というのも十分有りえます。そうした動きがあることを前提にして、実際に「プログラミング思考」を扱う場合、その題材として高学年になったら学習の中で取り上げて欲しいのが「ネットリスクとネットマナー」についての実践です。

もはや生まれた時からスマホやパソコンが家庭にあり、自分でも端末を扱うことが普通である現代では、いかにしてネットによるコミュニケーションを失敗なく問題を起こさずに利用するかということが、特に年齢が若い時にこそ考えてあげなければならないのではないかと思うところもあります。

今はどのくらいの年齢から自分のスマホを持つようになるかはわかりませんが、自分が写真を撮ってコメントと共に誰でも見られるようにしてアップすると最悪どのような事になるかということを考えてからスマホを持ち、コミュニケーションのためにアプリを使うようにした方がいいと思うのです。多少なりともそうした状況を知って、知るだけでなくもし軽率に自分のプライベートな情報をネットに流すことでどのような結果が生まれるかということを「プログラミング思考」で考えられるようになれば、確実にこれからそうした教育を受ける小学生からは、後悔してもし切れないネット上での行動についても抑制できるのではないかと思うのです。

これは当然小学生までで終わらせる話ではなく、ネットに慣れてくればくるほど、巧妙に犯罪に引き込まれたりするとか、お金を騙し取られるとか、普通の社会と同じようなリスクを受ける可能性があるので、こうした内容についてはぜひ具体的に学習指導要領に明記する形で実行して欲しいとは思います。小学生から始め、中・高校生くらいまで最新の情報を導入したネットリテラシー教育を受けるのと受けないのとでは、その後の人生も変わってくるのではないかと個人的には思います。さらにネット自体がいじめの温床になることもあるので、対策は早く行ない継続して学習するように、ぜひ大人が子供のために考えてあげることが重要ではないでしょうか。