私の人生において「師匠」と呼びたいくらいお世話になっていた方はそれほどいないのですが、私が車中泊をしながらの旅をするきっかけになった方が、先月16日にお亡くなりになっていたという話を昨日聞きました。一般的には馴染のない方ではありますが、今回は今だに私の人生の師匠だと思っているジャズ・ピアニストでオカリナ奏者の明田川荘之(あけたがわ・しょうじ)氏について思うところを語らせていただきたいと思います。興味のある方もない方も、どうかお付き合いしていただければと思います。
明田川さんはお父さんで彫刻家の孝さんが、大量生産が可能な土を焼いて作る「オカリナ」についての製法特許を取り(粘土を整形してから焼くので同じ音が出るオカリナを大量生産するのは難しいのです)、自宅兼工房で全国に卸すオカリナのメーカー「AKETA」を運営されている中で(オカリナで有名な宗次郎さんは、明田川孝さんの孫弟子(?)くらいになるのだそうです。)、音楽に関わりながら育ちました。ピアノを習い大学の時にプロのジャズ・ピアニストとしてデビューしたものの、ある種の不安を持つことになります。
それは、芸能全般にわたって言えることですが、デビューするのは簡単にできるものの、その後どこからもお呼びが掛からなければ自分がいくら好きな事であっても続けていくことができないということです。そんな中、明田川さんは絶対に自分の夢を諦めなくて良い方法を思い付きます。それが、自らのお店を持ちそこで演奏する場を確保するというものです。そのお店が東京・西荻窪に今もあるジャズ・ライブハウス「アケタの店」です。お店の経営は大変なところもあったそうですが、彼の著作の中で「店は僕の命、絶対につぶさん」と書くぐらい、大切なものだったと言えるでしょう。
お店だけでなく、店内で録音した音源をレコードにして売り出すマイナー・レーベル「アケタズ・ディスク」も興し、自らのリーダー作を次々と発表しました。お店は日本のジャズ奏者が多数出演し、初期のレーベルの作品も現在多くがCD化されて今もネット配信で聞くことができるようになっています。
明田川さんの演奏の特徴は、とにかく演奏自体が面白いということではないでしょうか。私が最初に聴きに行ってどぎもを抜かれたのは、「ピアノを足で弾く」ということです。本人の言によると、フリーのような展開になると音域が偏ってしまい、どうしても激しく弾いている中で反対の音が欲しくなるような時に足でピアノを弾くような事をするのだそう。また、タオルを手に持って鍵盤を削るように弾く「カンナ引き」など、ピアノを壊してしまうのではないかと思うほどのとんでもない演奏をされます。後年はそうした噂が広がり、地方の会場でどこもピアノを貸してくれないのではと思ったそうで、調律についても知識を得、実際に地方での演奏後にきちんと調律をしてから帰ったのだとか。
こうした、常識では考えられないような自由な演奏はポピュラーの世界とは相容れないとは思いますが(テレビでの演奏を私は見た記憶はありません)、日本のジャズを愛好するファンの間では有名でした。一時期、スランプ(?)でジャズから離れていたというジャズピアニストで作曲家の渋谷毅さん(NHK「おかあさんといっしょ」での様々な有名曲を作っていることで知っている方もいるかも知れません)が、明田川さんの演奏に触れる機会があり、そこで今まで難しくジャズについて考えている自分に気付き、演奏を再開したという話は有名です。テレビとはあまり縁はなかった感じでしたが、それだからこそ自由に色々な音楽を私たちに提供してくれたのではないかと思ったりもします。
明田川さんはお店を拠点にし、様々な人とつながる中で、全国を回るライブ・ツアーに出ます。ただ、お金はないので当時の自家用車・スバルで全国を回る楽旅に出ていました。私がまだ学生の頃、学園祭のコンサートに氏のトリオを招聘したことをきっかけに交流ができ、一度ご自宅に泊めていただいたこともあります。その時にジャズの演奏以外に教わったのが、楽旅をしながら回った地方の温泉の事でした。乗用車でのツアーで宿泊費もないので車中泊をしながら回った中でも岩手・花巻周辺の温泉を勧められ、花巻温泉・台温泉・鉛温泉・志戸平温泉・大沢温泉など、近い範囲で多くの温泉がある東北地方や北海道の温泉についてその魅力を語っていただきました。そんな車旅へのあこがれがあって、私も車中泊をしようと思ったということもありまして、明田川さんの存在なくしては、このブログもなかったのではないかと思います。
ジャズというのは息の長い音楽で、今デビュー当時の音源を聞いても時代を越えて聞けてしまいます。お店がある事で、スケジュールで出演される日にお店へ出掛けて、色々とお話しさせていただいた事を今も思い出します。お店を続けるのは今のご時世で大変だと思いますが、後進の方々にはぜひ明田川さんの作った「場」を残していって欲しいなと思っています。興味のある方は、YouTubeや各音楽配信サイトでその演奏を聞けると思いますので、ぜひどうぞ。