車中泊徒然草+

被災地で放送されているラジオを聴く意味

 一般的には聞くことのできないネット経由による受信エリア以外のラジオ放送をrazikoを使って聞くことがあるのですが、最近は東北の被災地である岩手・宮城・福島の放送を聞くことが多いです。基本的にはパーソナリティーである地元局のアナウンサーがリスナーにお便りを募集し、番組は私の地元と同じように進行していきます。しかし、直接震災に遭っていない私のような立場の人間が聞き続けていると、ちょっとしたことではっとすることがあります。

 定時のニュース、天気予報、交通情報はどこのラジオ局でも放送されますが、例えばラジオ福島では定時の各地における放射線量の数値が一時間ごとに放送されます。同じ福島県内でもかなり放射線量にばらつきがあることが実感されますし、災害から1年以上経ってもまだこうした情報を必要としている地元の意識と比べて、直接の被害を受けなかった地域との格差というのをしみじみ感じます。直接の施策とは関係ないことで政局が変化し、それに一喜一憂する東京中心のマスメディアとはニュースの伝え方にも差があるということもわかります。地方発の情報の価値というのはこういうところにあるのではないかと気付かされることもあり、やはり全国のラジオ放送を自由に聞けるというのは素晴らしいことなのだと思えてくるのです。

 radikoは自分の住んでいる地域以外のラジオ放送が聞けなくなっているという話は以前ここでも書きましたが、2012年3月までは被災地をサービスエリアとするラジオ(岩手・宮城・福島・茨城)については特例で全国から聞くことができていました。現在はそのサービスが終了したので全国から聞くことができなくなっていますが、時間の経過とともに劇的に被災地が復興するということもありません。現在の放送内容を聞いても、復興にはまだまだ大きな問題があるというのを実感できますし、今被災地では人々がどんな想いを持って生きているのかというのが、ラジオを聞くことである程度はわかってくるような気がします。そうした現地の方の声を感じつつ、自分で何ができるのかを考えることで新たな災害復興の道について直接被災していない私なども問題意識を持ち続けることができると思います。

 現地からの情報ならインターネット上の情報でいいではないかという声も当然あるでしょう。ただ、パソコンやスマートフォンなどの画面で読む電子情報というのは、かなり真剣に読まないと心に残らないように私は感じてしまいます。先日のネットニュースで紙の本の方が電子書籍よりも記憶に残りやすいというものがありましたが、私も同じような事を感じています。インターネット経由とはいえ、既存のアナログメディアであるラジオは単に聞き流しているだけでもすっと強烈なメッセージは自分に入ってくるように感じます。もし現状で被災地のラジオ放送をエリア外から聞くことのできる環境をお持ちの方は、まずは機会を見付けて現地に住んでいる方からの直接的なメッセージを聞いてみることをおすすめします。

モバイルバージョンを終了