紙の新聞の未来に向けて

 ネット社会が一般化するに付け、さまざまなものがネット上の操作でできてしまうということから今まであったものが急速に変化しようとしています。先日たまたまテレビのニュースの中で、新聞をやめてすべてインターネット上のニュースに頼って生活している人が出ていました。まあ、なくても極端に困らないというような感じではありました。

 そうした「新聞不要論」が言われているせいなのかも知れませんが、最近では新聞社も積極的にネットで記事を配信し、紙の記事が全て読めるようにしたシステムを有料配信しています。読みたいときに必要なところを読むことができ、出力の必要があればプリンうアウトもでき、膨大な古新聞を生まないということで、電子新聞に置きかえる形で紙の新聞をやめてしまっている方もいるのでしょう。家族が全員パソコンやタブレット端末での新聞に何の違和感もないようならそれもいいかも知れませんが、今回は単に効率だけでは片付けられない宅配の新聞を取ることの有用性について考えてみたいと思います。

 まず新聞を取っていて新聞以上に有益だと私が思うものは、一緒に入ってくるチラシだったりします。大手スーパーでは電子チラシのような試みを行なっているところもありますが、地元の小さなスーパーの特売情報までを気を付けて端末で見るというのはなかなか大変なものです。日々の買い物をコンビニのみで済ますような生活パターンならこうしたチラシはじゃまなだけかも知れませんが、まだまだ必要とされる方はいるでしょう。また、チラシがない場合でも、新聞の情報は本文だけでなく、さまざまな本文外の広告だったりするのです。さすがに新聞の電子版では週刊誌の見出し情報は掲載されないでしょうし(^^;)、そうした情報はインターネットニュースでもフォローされるとはいっても、時間の経過とともにトップニュースは埋没ししまうので、情報入手の幅を広げられるのは広告を含めて新聞を隅から隅まで読むところにもあると思います。

 そして、最近特に思うのですが、宅配して毎日読むというスタイルは、もし住居内で何か起こった場合最後のライフラインとして機能するので、新聞の宅配の効能についてもじっくり考える事が必要なような気がします。

 私たちが長期の旅行に出る場合、一週間以上の長旅にでもなりますと、新聞をそのままにして出発してしまうと、すぐに新聞受けからあふれてしまいますので、事前にその旨を連絡してから出掛けないと大変なことになるかも知れません。もし新聞受けから取られないままあふれてしまっている状況を外から見られた場合、特に一人暮らしの部屋の場合は中で倒れているのではないのかと心配されることになるでしょう。

 単に旅行中不在という結果なら笑い話になるでしょうが、しゃれで済まない場合も起こり得ます。実は数ヶ月前、まさしくそうしたことで強制的に部屋を開けて中を見てくれたことで、私の知り合いの方が部屋の中で動けなくなっていたところを救われたという事例があったのです。その方はたまたま新聞好きな人で、2紙をとっていたので通常よりも溜まった新聞の量が尋常ではなかったことで、近所の人からおかしいという事で部屋の中を確聞されることで、より早く救援できたということもあったようです。

 こうしたことは話には聞いていましたが、やはり新聞を取るのをやめてしまうと外から見て中でどんな生活が営まれているかというサインを出すことができなくなり、最悪の場合も考えられるということで、現在も宅配してくれる紙の新聞は大切だと思った次第です。もちろん、新聞を取っていなくても日々の隣人や近所の人たちとのお付きあいをしておくことでカバーできるところもあるかも知れませんが、生活感をアピールするつもりがなくても、目に見える形で周辺の人に気にかけてもらえるという点で、従来のアナログ的な情報収集もそれなりに意味があるのだと思います。

 最後に、このブログの主題である車中泊で長期旅行に出掛ける場合には、必ず新聞や牛乳などの定期的な宅配物がたまらないように対策をしてから出掛けることをおすすめします。ただし、玄関に張り紙をするだけというような事では、その期間には誰も家にいないという事を広く告知することになるため(^^;)、空き巣の被害に遭う可能性が出てきてしまいます。その点にも注意して長期に家を離れる際にはきちんと対策をしておくようにしましょう。


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