なだいなだ「からみ学入門」から学んだこと

 作家で精神科医のなだいなださんの訃報が入ってきました。心よりご冥福をお祈りしたいと思います。体調の悪いなかぎりぎりまでブログでの情報発信を続けていたのは存じ上げていたのですが、ネットでご活躍されていた方が急にお亡くなりになったというのはちょっとショックでした。

 私自身は直接なだいなださんとの面識はないのですが、かなり昔ですが偶然に講演会を聞きに行ってお姿を拝見したことはあります。その時の講演会は表題の「からみ学入門」が文庫化された際に行なわれたもので、本の内容について直接お話しをしてくれました。講演終了後に会場で売られていた文庫本を購入し、その内容を改めて噛みしめることになりました。実はここでの体験で、私のこれまでのネット生活で意外と役に立っているコミュニケーションのノウハウを仕入れることができたのでした。つまりこの「からみ学入門」は私のネタ本とでも呼ぶべきものなのですが、現在版元では絶版になってしまっているのが残念です。

 当然ながらこの本はネットによるコミュニティが盛んな時期に書かれたものではなく、あくまでディベート論のようなものなのですが、相手との言葉のやりとりを文字でする場合でも結構役に立つのです。参考までに本書の目次を紹介します。

序章  いかにしてカラミストとなったか
第一章 大久保事件にからむ 正義派を前にたじろぐべからず
第二章 「よど号」事件にからむ 知らぬ、わからぬというべからず
第三章 教育アンケートにからむ 小さなことにもからむべし
第四章 学校給食の意味についてからむ 世評たかき人格者にも臆すべからず
第五章 テルアビブ空港事件で日本人意識にからむ かみつかれても、かみつきかえすべからず
第六章 ニセ医者事件にからむ 無関心なものにもからむべし
第七章 アル中保安処分問題で法学者にからむ 現実より出発して、理論にむかうべし
第八章 からみのすすめ なんにでもからんでやろう

 書かれた時代から出てくる事件はどれも古いものばかりですが(^^;)、あくまでこの本はディベートの方法について書かれたものなので、思想とは関係なく今読んでも結構役に立ちます。なださんがこの本を書かれたのは、昔も今も討論するということになると一方的に自分の言いたいことを主張するだけだったり、勢いで相手をやっつけるような、いわゆる噛み付き合いに終始してしまっていることを嘆かれたからで、噛み付くよりからめという指南書といったものになっています。この考えは、パソコン通信の時代からインターネットによる文字によるコミュニケーションを行なっている際に大変役に立ちました。というのも、掲示板やブログでの炎上を招く原因というのは、挑発的に噛み付かれたコメントについて、冷静に対応できずにそのまま噛み付くような形で対応することだったりするからです。

 なださんが書くところの「からみ」とは、植物のつるが巻きつきながら上へと伸びていくというイメージで、その到達点は必ずしも決めていないということろが斬新でした。私たちが議論をする時にはどうしても自分の思い通りに話の流れを進めたいということがあると思いますが、自分一人が考えることというのは自ずと限界があります。多くの人とからんで様々な意見を吸い上げることによって、最初に自分が考えていたものより面白いものに変化するということも結構あるものです。その際大切なのは、特定のイデオロギーに凝り固まってしまうと、相手の考えうんぬんよりもイデオロギーの対決となってしまい、「見解の相違」で話が終わってしまうので、そうならないように相手にからんでいくことです。相手を議論の場に置きながらその話に付き合うのは大変ではあるのですが、議論を常に勝ち負けで考えず、どう議論が変化していくのかというところに興味を持って続けていくと、当初は自分でも思ってもみなかった意外な結論に至ることもあります。

 こうした手段というのは特に物事をまとめなければならない立場の人には必要な能力のような気がするのですが、残念ながらなださんが提唱する「カラミニスト」(この本で紹介された物事に積極的にからむ人のこと)は、それほど多いとは言えないでしょう。そのため、さまざまな所での議論が殺伐としてしまうようにも思えるのです。なだいなだという名前をご存知の方は多いかと思いますが、その作品を読まれた方はそれほど多くないかも知れません。私がおすすめしたいのは、対話形式で書かれた人の考え方について書かれた本の数々です。その文体には今回紹介した「からみ」という方法が取り入れられているものも多いので、噛み付き合いの議論に疲れた方はぜひ一度手に取ってみられてはいかがでしょうか。


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